とりあえず・・インドから
ごぶさた
前回に続き・・・
インド デリーから始まる不思議な旅
今回の出張は、インド・中東におけるあるビジネスの通訳として同行したのだが
数ヶ月前に訪れたカリブ・南米の旅以上にハチャメチャかつ不可解なものとなった。
こんな体験したのはホント初めてNe・・・
そう
初体験ね・・・。

さっそくふざけてスミマセン
ってことで、今回の出張は
India Delhi
↓
Oman Muscat
↓
U.A.E Dubai
↓
India Mumbai
↓
India Delhi
ってな感じで行ってきましたの。
①インド
憲法上、カースト制度が禁止となった現在でも各地に名残りが・・・・・
というか、正確には名残りなんかではなく
この制度は今もここに存在しているとか…



最下層カーストの人々はそれをなんとも思わず
当たり前のように受け入れて生活しているとか。
今回は、仕事とはまた別に、こういった貧しい人々(特に子供達)に配るための食料などを日本から調達

車で移動中も信号で停止すると
窓にいわゆる「物乞い」の子供達が集まってくる
手足の不自由な大人から3,4歳児の子供まで・・・。
裸足でシャツ一枚、パンツもはいていない子供が大勢いた。

ここ↓はイスラム・スーフィ教徒の聖者 Nizamuddin Auliya の廟
(インドでも最大規模の聖者廟)異教徒でも入れる



とにかく汚い街の一角に出入り口があり建物自体に入るには
裸足になり迷路のような狭い道を歩いてゆく
途中で廊下に座り込んだ大人や小さい子供が
物乞いに寄ってくる


今回インドを訪れて
カースト制度という存在を頭ではわかっていても
やはりこの現実を目の当たりにし、とにかく衝撃的だった。
ただ なんとも言えない悲壮感が漂っている。
ムンバイでは巨大な洗濯場「ドービー・ガート」を訪れた。
ドービーとはカースト制における洗濯屋のカーストのことで、ガートは「場」、つまり洗濯場


洗濯場を道の上から眺めていると
鞄などを売りに来たおばさんと少女に出会う。
この場所の説明色々してくれて気さくでとってもいい子。
日本での今回の地震、津波のことをとっても心配してくれていた

その他 仕事がひと段落し観光で訪れた各地
Lal Qila (ラール キラ) デリーにあるムガル帝国時代の城塞
Red Fort(赤い砦)ともいう


入り口にて、これまた変わった格好のおじちゃん達に出くわす・・・

フマユーン廟 ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンの墓廟(イスラーム建築)

途中で すごい目力で見つめてくる子供を発見・・・w

怒っているのだろうか
とりあえず がんつけている模様

前回に続き・・・
インド デリーから始まる不思議な旅
今回の出張は、インド・中東におけるあるビジネスの通訳として同行したのだが
数ヶ月前に訪れたカリブ・南米の旅以上にハチャメチャかつ不可解なものとなった。
こんな体験したのはホント初めてNe・・・
そう
初体験ね・・・。

さっそくふざけてスミマセン
ってことで、今回の出張は
India Delhi
↓
Oman Muscat
↓
U.A.E Dubai
↓
India Mumbai
↓
India Delhi
ってな感じで行ってきましたの。
①インド
憲法上、カースト制度が禁止となった現在でも各地に名残りが・・・・・
というか、正確には名残りなんかではなく
この制度は今もここに存在しているとか…



最下層カーストの人々はそれをなんとも思わず
当たり前のように受け入れて生活しているとか。
今回は、仕事とはまた別に、こういった貧しい人々(特に子供達)に配るための食料などを日本から調達

車で移動中も信号で停止すると
窓にいわゆる「物乞い」の子供達が集まってくる
手足の不自由な大人から3,4歳児の子供まで・・・。
裸足でシャツ一枚、パンツもはいていない子供が大勢いた。

ここ↓はイスラム・スーフィ教徒の聖者 Nizamuddin Auliya の廟
(インドでも最大規模の聖者廟)異教徒でも入れる



とにかく汚い街の一角に出入り口があり建物自体に入るには
裸足になり迷路のような狭い道を歩いてゆく
途中で廊下に座り込んだ大人や小さい子供が
物乞いに寄ってくる


今回インドを訪れて
カースト制度という存在を頭ではわかっていても
やはりこの現実を目の当たりにし、とにかく衝撃的だった。
ただ なんとも言えない悲壮感が漂っている。
ムンバイでは巨大な洗濯場「ドービー・ガート」を訪れた。
ドービーとはカースト制における洗濯屋のカーストのことで、ガートは「場」、つまり洗濯場


洗濯場を道の上から眺めていると
鞄などを売りに来たおばさんと少女に出会う。
この場所の説明色々してくれて気さくでとってもいい子。
日本での今回の地震、津波のことをとっても心配してくれていた

その他 仕事がひと段落し観光で訪れた各地
Lal Qila (ラール キラ) デリーにあるムガル帝国時代の城塞
Red Fort(赤い砦)ともいう


入り口にて、これまた変わった格好のおじちゃん達に出くわす・・・

フマユーン廟 ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンの墓廟(イスラーム建築)

途中で すごい目力で見つめてくる子供を発見・・・w

怒っているのだろうか
とりあえず がんつけている模様
インド デリーPhoto
やっと自由時間が出来たので、
インド、デリーのPics Up.
想像はしていたけど、本当にきたない街でびつくり。。
現人口約13億。
人口の大半が大変貧しく、ここでもやはり貧富の差が目立つ。
今までも東南アジアや南米など様々な貧しい地域を見てきたけれど
今回のオールドデリーはこれまた衝撃的だった。。。
今回インド人のDr.に連れられて
地元の人間しか行かない様なエリアへ行く


とりあえず、一戸あたりの面積が半端なく狭く、
屋根には電線がぐるぐる巻きになってからまって
建物自体傾いた状態の中で人々は生活している。
でも一生懸命ものを運んだりして汗まみれになって
働いている人もいれば 道端で死んでしまったかのように
寝ている人もいる。

今回訪れたインドは貧富の差があって大変貧しい人達が沢山いて
やはり今回も 改めて自分の国の豊かさを実感したわけだけど
でもここ以上にもっともっと貧しくて 家もなくて 命の保証もなくて
生きていくのに精一杯な人々がこの地球上で共に生きているということが
なんだかとても不思議に感じたのです。
自分が日本以外の国で生まれていたら・・・・って。
考え出すとまた眠れなくなるのでここでやめとこう。
だんだん文章かくのが面倒になってきたので
写真だけアップして
手抜き

よくわかんないけど連れのインド人に
無理やりやらされた・・・。
チョコレートみたいだけど、ヘナタトゥー。

あ゛~まずいもう夜中1時過ぎ。
明日は7時起きだけど遅刻したら殺されるのでもう寝ます。
今度こそマチュピチュ!
はぁーぃ

マチュピチュのBlog、書いたままアップするの
すーっかり忘れてたよ。。
暇つぶしにどーじょ。
クスコからバス+列車に乗って4時間位かな?!
マチュピチュ村に到着


さっそくマチュピチュの遺跡へ・・・・
さらに村からバスに乗って30分
ついに天空の城 マチュピチュ

よくマチュピチュの写真として使われるこのショット。
マチュピチュの居住区域
なんか偽物の写真みたいでしょ。



初のマチュピチュに興奮するものの
昨夜の夕食が当たったのか?
お腹を壊すちゃの子でございます
なぜに私だけ?

お腹痛かったけど
でも霧がかかってきれーぃな景色だったの



ってな感じで
この日はマチュピチュ山を登ることになるのだが
予想外のSHITなハプニングが待っている・・・・

雨の中
霧の中
腹痛の中
セニョリータTomokoと共に
標高3050m モンタナマチュピチュ登山開始
出発時点でこんだけ高いとこにいるって
どゆこと?


そして
登山開始から20分程経過したその時
突然 靴の底がパカッ と外れる
TOTALLY FUCKED UP!

あり得ない展開
母親に借りた登山靴だよコレ・・・。
こんなにも自分の母を憎んだ事はあっただろうか

言葉を失う
が、しかし
限りなくポジティブな私は
そのまま登り続ける
ポジティブなのではなく
ただのバカなのかもしれないが
これもまた 別の話
そんな中
雨がどんどん激しくなるし
他に登ってる人あんま見当たらないし
イライラが頂点に達し
頂上まであと少し・・という所で
「かえりたーぃ 」
と嘆いてしまった私
セニョリータTomokoは言う

!!!
ですよね・・・
ってことでもう少し頑張る
そうこうしていると
もう片方の靴の底が取れる

完全にコレ
今までのバチが当たったんだね

開き直るしかなかった
でもねそれでも景色はやっぱキレイなの

すると
誰もいないと思っていた頂上の方から
人の声が・・・
よく見るとのこぎりを持った山賊らしき男達が数人
ものすごい勢いで下ってくるではないか
(かなり急な山だからねここ・・・)
ちょっとビビりながらも
靴の底が抜け 途方に暮れるアホな自分をアピールしてみた

するとすると
のこぎりを使って私の足を・・・・

ぇっと
靴をなおしてくれたの てへへ


ってことで、とりあえず応急処置してもらい
無事に下山することができたよ

居住区域にはたくさんリャマちゃん達がウロウロ・・・


くたくたになりながらマチュピチュ村へ戻ると
さっそく新しいスニーカーを買いに行く
夕食は、とにかくお腹壊さないであろう
まともなレストランへ行くのだが・・・


お腹いっぱいでおいしかったー
なんて満足する間もなく
やっぱり、またお腹を壊す私
そして相方は
やはり元気いっぱいであった
なぜなんだ・・・・
なぜ私だけ・・・・

この流れでさらに翌日も
SHITな出来事が起こるのだぉ・・・

次、超お楽しみにね

飽きないTriplog ペルー マチュピチュ
こんばんは
ShitなTriplogその4
カリブ海クルーズを終え
マイアミにてM氏とグッバーーーイし
一人ペルーへ
と思ったら
リマ行の飛行機が飛ばない?
WTF!
代わりに翌日の便で行ってくださいって
そんなん無理ーーー!

っていうのには色々事情があり・・・
どうしてもマイアミにステイするわけにいかなかったの
どうしてもマイアミを去りたかった私は
LAN航空のカウンターへクレーム

プラチナ会員様のクレーム効果だろうか?!
なんとか提携会社のアメリカンで
リマ行を手配してもらう事がでーきた☆
6時間程のフライトでペルー首都リマに到着

ここからが本当にShitなTripの
始まりなのだが
順々にお伝えしていこうかな・・・
とりあえず
なぜペルーまで来てしまったかって
ただなんとなく
そこにマチュピチュがあったから
人生ってそんなもんよね

ペルーにはBoston時代の友人
当初から過激派JP代表として有名な
Kazuomanが生息しているのw
さてリマ一日目☆
リマの街の風景をアップしたいとこだけど
ここはあえてペルー人代表をアップするね
とりあえずペルー人のみなさん
仕事やる気なしですな


どこを見渡しても爆睡Zzzzzz

そっとしておこうね
こちら ぺルー人ゲイ代表
何を表している映像かはご想像にお任せ

某Barにてピスコサワーを片手に
彼と20分程SEXについて真剣に語り合う
やはりゲイの方が何かと分かり合えるのだよ ぇ?
そしてその日の深夜
無理やりシアトルから呼び出された
今回のペルー旅行の相方
セニョリータTomokoと合流
翌朝リマから飛行機で1H
標高3400m世界遺産の街クスコへ
空港にはしっかり酸素ボンベがあったよ


アルパカちゃんをつれて写真を撮らせてくれるセニョリータ
写真をとるとセニョリータ~プロピーナ!(=チップちょうだい的な)


3,4才の小さい子供たちまでしっかり仕事してる

クスコ郊外「サクサイワマン遺跡」へ
インカ時代 首都クスコ防衛のために造られた城塞
城壁は3層にわたって積み上げられた巨石が
360メートル続いているんだって・・・

そしてタンボ・マチャイ(Tambomachay)
標高3765m

富士山と同じじゃん?!

セニョリータとアルパカちゃんと

高山病とまではいかないけど
そろそろ息苦しい感じ・・・
そしてプカプカラへ

この日は高山病のリスクもあるので
ささーーっとホテルへ帰ることに
というか正直この街の治安が心配で・・
だって・・・
Kazuomanやその他友人が
ペルーで強盗やかなり危険な目にあったとか
色々怖いこと言うから
とりあえず
アメリカとはまたワケが違うんだろうなぁ・・と
色々想像していたわけね

その日クスコ市内の某飲食店で食べた
サラダ・ハンバーガーのおかげで

翌日 一番の目的であるマチュピチュで
お腹を壊すというアホなちゃの子でございます。。
一緒にいたTomokoよりも
食べ物には気を使っていたはずなのに
なんで私だけこうなるの!?

この辺りからなぜか私にだけ
Shitな出来事が連発・・・・
セニョリータTomokoは言う
「NYの誰かさんの呪いだね完全にバチが当たったんだよ」
別にNYで悪さしてきた訳じゃないんだけど
ま、詳しくはまたいつか・・・・
そして翌朝クスコからバス2H+列車2Hかけて
マチュピチュへ向う

とにかく高山病を恐れていたため
毎食後に高山病用の薬を飲んでいたんだけど
アルツハイマー疑惑のある私は
どしても毎回薬を飲んだ事を忘れてしまい
毎回 相方のTomokoへ聞いてしまうのだ
「ともちゃん、私今日もう薬飲んだっけか…」
呆れ返るセニョリータTomoko
5分前の自分の行動すら忘れてしまうという
救いようのないアホな私に
友人代表として彼女が貴重なアドバイスをくれた
「一回生まれ変わってきた方がいいんじゃない?」
「ぇ?」
つまりそれって

!!!!!!!

マチュピチュは次回ね☆

ShitなTriplogその4
カリブ海クルーズを終え
マイアミにてM氏とグッバーーーイし
一人ペルーへ

と思ったら
リマ行の飛行機が飛ばない?
WTF!
代わりに翌日の便で行ってくださいって
そんなん無理ーーー!

っていうのには色々事情があり・・・
どうしてもマイアミにステイするわけにいかなかったの

どうしてもマイアミを去りたかった私は
LAN航空のカウンターへクレーム


プラチナ会員様のクレーム効果だろうか?!
なんとか提携会社のアメリカンで
リマ行を手配してもらう事がでーきた☆
6時間程のフライトでペルー首都リマに到着

ここからが本当にShitなTripの
始まりなのだが
順々にお伝えしていこうかな・・・
とりあえず
なぜペルーまで来てしまったかって
ただなんとなく
そこにマチュピチュがあったから
人生ってそんなもんよね

ペルーにはBoston時代の友人
当初から過激派JP代表として有名な
Kazuomanが生息しているのw
さてリマ一日目☆
リマの街の風景をアップしたいとこだけど
ここはあえてペルー人代表をアップするね
とりあえずペルー人のみなさん
仕事やる気なしですな


どこを見渡しても爆睡Zzzzzz

そっとしておこうね

こちら ぺルー人ゲイ代表
何を表している映像かはご想像にお任せ

某Barにてピスコサワーを片手に
彼と20分程SEXについて真剣に語り合う
やはりゲイの方が何かと分かり合えるのだよ ぇ?
そしてその日の深夜
無理やりシアトルから呼び出された
今回のペルー旅行の相方
セニョリータTomokoと合流
翌朝リマから飛行機で1H
標高3400m世界遺産の街クスコへ
空港にはしっかり酸素ボンベがあったよ


アルパカちゃんをつれて写真を撮らせてくれるセニョリータ
写真をとるとセニョリータ~プロピーナ!(=チップちょうだい的な)


3,4才の小さい子供たちまでしっかり仕事してる

クスコ郊外「サクサイワマン遺跡」へ
インカ時代 首都クスコ防衛のために造られた城塞
城壁は3層にわたって積み上げられた巨石が
360メートル続いているんだって・・・

そしてタンボ・マチャイ(Tambomachay)
標高3765m

富士山と同じじゃん?!

セニョリータとアルパカちゃんと


高山病とまではいかないけど
そろそろ息苦しい感じ・・・
そしてプカプカラへ

この日は高山病のリスクもあるので
ささーーっとホテルへ帰ることに
というか正直この街の治安が心配で・・

だって・・・
Kazuomanやその他友人が
ペルーで強盗やかなり危険な目にあったとか
色々怖いこと言うから

とりあえず
アメリカとはまたワケが違うんだろうなぁ・・と
色々想像していたわけね

その日クスコ市内の某飲食店で食べた
サラダ・ハンバーガーのおかげで

翌日 一番の目的であるマチュピチュで
お腹を壊すというアホなちゃの子でございます。。
一緒にいたTomokoよりも
食べ物には気を使っていたはずなのに
なんで私だけこうなるの!?

この辺りからなぜか私にだけ
Shitな出来事が連発・・・・
セニョリータTomokoは言う
「NYの誰かさんの呪いだね完全にバチが当たったんだよ」
別にNYで悪さしてきた訳じゃないんだけど
ま、詳しくはまたいつか・・・・
そして翌朝クスコからバス2H+列車2Hかけて
マチュピチュへ向う

とにかく高山病を恐れていたため
毎食後に高山病用の薬を飲んでいたんだけど
アルツハイマー疑惑のある私は
どしても毎回薬を飲んだ事を忘れてしまい
毎回 相方のTomokoへ聞いてしまうのだ
「ともちゃん、私今日もう薬飲んだっけか…」
呆れ返るセニョリータTomoko
5分前の自分の行動すら忘れてしまうという
救いようのないアホな私に
友人代表として彼女が貴重なアドバイスをくれた
「一回生まれ変わってきた方がいいんじゃない?」
「ぇ?」
つまりそれって

!!!!!!!

マチュピチュは次回ね☆




