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 今や、安倍自民党は、オバマ大統領の広島訪問を利用して、衆、参W選挙に向けて動き出したという。これで浮動票を集めて圧勝、憲法の改正だということで大盛り上がりという。これがいま世界の愚人となり果てた日本人の考えること。果たしてそうだろうか。先にも書いたことだが、現在の日本の民主主義と戦争放棄の憲法は、広島、長崎の原爆投下の犠牲者があればこそ得られたものではないだろうか。私は、あの広島と長崎の原爆投下による日本の敗戦がなければ、日本には民主主義も平和憲法もなく。天皇制による専制独裁と軍部の悪辣、非道な暴走のもとに汝臣民、良く忠に、良く孝にといわれて、隷従させられる束縛の日々を余儀なくされていたことを思うと今でも悪寒が走る。これは、人を今日みられるような自由で独立した存在であることは認めない制度であった。こんな隷従の日々から国民を開放したのが、民主主義と憲法であった。正にこの人間解放はこれら原爆の犠牲によるものいってよい。それを今の安倍首相はこうした国民の人間解放そのものを否定し憲法自体を変えようとしている。それにオバマ大統領の原爆被害地広島訪問を利用しようとしている。これは決して許されることではない。断罪あるのみである。

 これにオバマ大統領が軽々しく乗るとすれば、こんな馬鹿は今時いない。その馬鹿さ加減は、日本のみならず世界に語り継がれるだろう。広島、長崎の原爆による犠牲は、日本の民主主義、憲法による人間解放と不離一体である。その意味では、オバマ大統領の広島訪問は歓迎される。正に日本に民主主義と平和憲法をもたらし人間解放を実現した偉大な恩人の国アメリカの大統領として。この日はアメリカに対する感謝の日になる。しかして、日本の民主主義と憲法は永劫に維持され、国民の自由に生きる権利を保障し、戦争の放棄により世界の平和に大いに貢献する。オバマ大統領の広島訪問を選挙に利用とする卑しい思惑はこれでとん挫を余儀なくされる。

 安倍首相の最も毛嫌いしている憲法の前文には、われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う。とある。この専制と隷従、圧迫と偏狭に苦しめられ来たのはこの日本国民であった。それでなければこの文言をわざわざ前文に書く必要はなかった。これが日本に国民主権の民主主義と戦争放棄の憲法を与えた目的である。かくて日本は解放された。このことがなければ、広島、長崎の原爆は、戦争による勝つためだけの大虐殺として非難され、また、民主主義や憲法は、単に日本を弱体化する手段に過ぎず、国際条約違反に当たるとしてのみ糾弾されるだけだ。その意味では、この日は、この大虐殺対する謝罪を求め、民主主義と憲法を国辱として廃棄する日となる。これが愚か者日本人が安倍首相に要求べきことだ。安倍首相は、これを受けて、憲法自体を国民を権力に隷属させるべく改正しようと一層努めることだろう。この二つが選挙で激突、日本の将来を決める。自由かさらなる隷従かを決める。広島の原爆による犠牲と民主主義と平和憲法による日本人の人間解放は不離一体である。安倍首相の憲法改正はこれを覆す反逆行為であることを十分認めたうえでの広島訪問としてほしい。日本は、戦争放棄の国、それ故、広島訪問には、それなりの覚悟がいる。核の廃絶は、併せて戦争放棄を求めるものでなければならない。それでなければ、原爆による犠牲は戦争による無駄死となる。安倍首相は、憲法を無視、破壊するだけでは飽き足らず。原爆による犠牲を卑しめ、ただの戦争による無駄死にしようとしてる。これは私のように憲法を大切してるものの共通する思いである。これは、決して許されない冒涜である。大統領の広島訪問前に退陣することを求める。それで今は、オバマ大統領の広島の訪問が、憲法改正への熱を冷まし、ブレーキとなるように願っている。これは79才と年老いた私のはかない願いであろうか。

 昨日のアクセスは3まで一挙にダウン。このブログでは、いかに憲法改正賛成、さらに天皇に首を差し出して隷属したいものが多いかを示した。なぜこれほど戦争放棄を嫌うのか、自分の自由に生きる権利を捨ててまで。戦争に勝てると信じ、戦いたいから、それとも、戦争ができないことを屈辱と感じるからか。このまま生きているよりも、戦争に負けて灰になって死んだほうがいいから。私には全く理解できないとだけいっておこう。