いわゆる「英才教育?早期教育?」を受けた娘たちの現在

いわゆる「英才教育?早期教育?」を受けた娘たちの現在

賛否両論の早期教育。20年前に実践しました。

いまだに経過観察中ではありますが、私は賛成派です。

もし、今「早期教育ってどうなのよ」と考えているお母さの、参考になればなぁ・・・と考えています。

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流れる様に時が過ぎて、私も子育て一応終了世代
孫の教育考える世代人間になりました。あ、私には孫のマの字も見えません。

私もあと1年で還暦です。もう人生の最後が見えるくらいになってしまいました。

前回の更新をしてから、早くも一年お願い

記事を書くついでに、育児総括も兼ねさせて下さい。長くなりますが、宜しくお願い致します。


長女は来年から『アラサー』世代らしいです。

この一年、大きな動きもありました。長女西アフリカから日本に帰国し、東京の「とある国際機関」にて働いております。ナンノカノと、自分で拓いた道を歩んでいる様です。

また一方では、次女とも『幼児教育についてアレやコレや』と会話もかなり踏み込んで出来るようになっています(驚きの現実ラブ)


本日は海外に若くして旅に出た、長女の現在の様子を紹介させていただきます。

少々変わり者(?)で、一般企業には関心が持てずに、親である私には全く想像も出来ない職業に就くために大学進学先も・留学先も・海外の大学院進学も自分で選んだ娘です


ひと昔前。長女は語学系の大学に進学したので、言語(フランス語)を使う必要のある会社に入るんだろう、と私は強く信じておりました。

→ 長女の大学一年生の頃に親向けの留学説明会のお知らせがありましたが、興味も示さず資料をポイした記憶があります。

なのに現実は🇫🇷、しかもパリにある大学に留学に行き(交換留学生ですので、学問よりも現地生活を経験することが目的の様でした)

日本の大学院に行く予定もなかったのに、いつの間にか大学卒業すると🇬🇧の大学院に直行して戻って来ました。(こちらは純粋に院生ですので、ヤマの様なレポートに苦しみ抜いて卒業した模様です)


アフリカに関心がある事は知ってました。大学一年生の学祭でTFT活動をして、給食費の支援をしていましたから。そしてアフリカゼミに入って勉強していたらしいです。

なんでアフリカゼミにはいったのかも、説明された記憶はありますが覚えておりません。

ただ、本当に数年後にアフリカで働いてるとはねぇ。夢にも思っていませんでしたけどね。


彼女が🇬🇧の大学院で学んだのは、『開発学』で ‘貧困と格差’ を専攻したようです。フランスかイギリスの院に行きたい!と告げられた時には、心底驚きました。

『オマエさん、ナニをどう考えたらその考えが出てきたの⁉️』 我が家には、すんなり送り出す余裕はありませんでしたのでねぇ...

娘は力強く「私が学びたい分野は、日本では無いの。どうせ勉強するなら学問として確立されている処でしたいから。私が勉強したい「アフリカ」を植民地にしていた英國や仏国のどちらかがベストなんです!

母の私は、応援せざるを得ないなぁ...と後の事を深く考えない母娘は、欧州の院入学の為に其々のするべき事を開始。

具体的に私が覚えている事は、娘は経済学部ではないので[経済学の英語が苦手だった]らしく、社会人向けの[国際協力関係の英語を勉強する講座]に通ったことくらいです。

この頃彼女は卒論の準備中でしたので、勉強はかなりハードだった模様です。

結果は、イギリス北部の大学院で入学許可を頂けました。

苦しみ付きのハードな勉強を終え院を卒業して直ぐに帰国し、その年の秋から東京のとある「開発コンサルタント」の会社に就職し、主にインドの案件を扱っていました(当時はインド始め東南アジアへの投資が主流)


が、働きながらどうしても自身が学んだ『開発学』をフランス語が公用語の西アフリカで活かしたい、と考えたらしく、半年働いた後に西アフリカの国の【草の根外部委嘱員】に応募しました。

即採用!でしたが、理由は『他に希望者が居なかった』からだそうです。時期も夏場でしたしね。

一緒に仕事をするのは現地人に加えて現地で働くフランス人やイタリア人など。当然、仕事で使用するのはほぼフランス語だそうで...だいぶ訓練された、とのでした。

数年前には在留邦人に、帰国勧告?命令?が出たというその国。エボラ出血熱の流行した国の一つです。
未だに当然文化的な生活は望めないし、リゾートも国に一ヶ所のみで夜は原則外出禁止。日本人は40名強しか住んでいない、と言うところですよ。

滞在前に打った予防接種の数がすっごく多くて驚きました。

よく行ったモンだーーキョロキョロ

と母親の私でさえ不思議です。

彼女の仕事には、地方出張もありました。地方出張にも何回も行って来たそうで、5日間で2,000km走ったことがあるとの事。勿論運転手さんが居りますよ、何かと危険ですからね。


こんな仕事を1年9ヵ月していた長女ですが、遂にこの春に日本に戻って来ました。

理由は、私がいつまで元気か不明だからです(笑笑

帰国したモノの就職先は無し。
→ 完全プー太郎、一丁あがり〜‼︎

帰国早々に就職先を焦って決めても、現実的にはアパート探して引っ越しして、といろんな関門もありますからね。4月に帰って来たので、7月から仕事が出来る事を目標に動いていました。

実は私事ですが、3月にギックリ腰をやりまして運転さえ不能状態でした。長女が家の中の事をしてくれ、私の運転手になってくれたのは本当に有り難かったのです。

で、無事に西アフリカ関係の経験者を募集していた処が見つかりまして、現在大都会(?)東京で働いています。

今のところ海外に出るつもりはない、と今後も日本で働く予定だそうです。20歳になってからの多くの時間を海外で過ごしましたしね。暫くは日本の文明生活を送りたいらしいです(笑

まあ兎にも角にも、彼女は自分の夢に向かって歩き続け「希望通りの職種圏」に入った事だけは間違いありません。

はぁ....やっと肩の荷が下りた...

早期教育始めて、約四分の一世紀にして母親、私の本心でございます。




子育てしながらも、今も昔も特に社会で大活躍する人になって欲しいなどとの希望は、母も娘達本人にも全く考えていませんでした...イエ、現在も特別大活躍はしておりません。


現在は、私自身が考えて来た人生に正解はない、とは本当だと実感しているところです。

私の子育て目標、というより自分の人生の指針が
一人の人間として自分自身で納得出来る選択をしながら、後悔のない様に生き抜ける人生を過せる事と考えていました。
      上下矢印
その手段として、子供達に早期教育を始めた訳です。
自分達で決めて貰った方が、親の私は楽ですからね

実際振り返ってみれば、高校生になった途端に学校マルっと任せきりでした。進路決定も本人が、担任の先生と相談して決めていました。

当然、高校時代予備校は通っておりません。

更に決めた第一志望の大学に入学して、自分で選んだ職種を見つけて歩き始めたのです。

ここまで来れば、親として自己満足は満点💯として良し❣️と勝手に感じています(⌒▽⌒)


自身で悩みながらも2本の脚でしっかり立って道を拓きつつ、例え転んだとしても...立ち上がって再度歩み出せる力を蓄えて生きる為にも、思春期にこそ娘たちが自身で考え悩む事が必要だと思います。

なので、アドバイスさえもあまりした記憶がありません。私の職業も免許制ですので、他種業をよく知らないのです。


昔々...大学卒業くらいの年代にナニをしているか?想像だに浮かばないので、子供を知る一環として、娘達に様々な経験を与えてあげた考えて習い事などの機会は「提供」してあげました。

人並みにピアノ教室にも通わせました。でも正直、芸術関係に期待は殆どしておりませんでした。

実は私には自分の幼少期の苦〜い体験があったのです🤭

①ピアノ →親から「姉達と同じく」との理由だけで入れられたので苦痛以外のナニモノでもありませんでした。でも姉達は結構楽しかったらしいです。

②書道 →上の姉は書道の才能アリと認められた程の腕前で、地元では有名処な先生の教室に通ってました。オマケで通わされたワタシ。でも私は座って墨を擦るのでさえ嫌いな子供でした。初回に「反抗の印に半紙数枚を全面黒に塗り潰して」平和(?)退塾した程であります。こちらもかなりの苦痛だったのです。

以上の経験から「お稽古や塾は、親の希望だけで決めてはならない」と確信して子育てしていました。

下手でも、本人が楽しければ良いと考えています。ですのから本気でやらせたい事があらば楽しく学ばせる工夫をする」のが親の腕の見せどころだとも実感しました。

で、自分でもちょっと自身があった学習方面で頑張った次第です。

幼児時代 桜目標の目安として、以下の内容を重視しました。
① 字を読める(絵本が読める)
② 字が書ける(鉛筆を使える)
③ 読んだ内容を絵に描ける
④ 読んだ内容の要点を短く書き直せる

④は難関ですが、小学3年生終盤が母である私の目標としたゴールでしたら → その後は塾に任せる気でおりましたので。③までは小学入学前にマスターさせる事が目安でしたしね。

長女はほぼクリアしましたが、次女は...③くらいでつまづきを感じまして注意

でも、無理強いせずに別な道からアプローチして壁にぶつかりながらも、最終的に本人が立ち上がって「自分のペースで」小学4年生の終わり頃にそこそこ辿り着いた様に感じています。

これは余談でありますが、
子供が複数であると、親の私にはこれまた難しい問題が出てきました!

娘達はそれぞれ全く性格が違います。それがはっきりと見えてくるのは年長さんくらいでしょうか?

長女は何か気になると、解決するまで粘るタイプ。
一方次女は、気になっても深く考えずにスルーするタイプ。

同じ親から生まれたのに、この違いは何だろうか⁉️ 私の教え方が間違ってたのかしら⁇

次女が高校生になるまで、どうしても答えが見つからず悩んでおりました。

一方の長女は私からみれば宇宙人並みに育ってましたので、割り切りが早く出来ました。

人間だから個性が違う、と言うのは充分に理解しています。正直なところ次女の行動や考えが理解出来なかった事は『教育か?遺伝か?』との問題まで考えるきっかけになりました。

でも幸いに自分の親としてのポリシーの中に「姉妹の比較はするべからず」があったので、かなり忍耐して口には出しませんでした。→ これも三姉妹の末っ子としての経験から来たものです(笑笑) が、現実はシンドイ修業の日々もだいぶ有りましたよ。今では忘れましたがネ晴れ


この種の幼少時の子供に対する疑問点は、内容は違ってもそれぞれの子に対して感じます

その後の長く続く育児過程において徐々に解決された事もありましたし、未だに謎であるところも多々あるのが事実です。

おすましペガサス子育て中の皆様、先はまだまだ長いですよ〜。これからも、旅は続くのです(笑笑

ですから焦らないで大丈夫ラブラブ。結果を求めても成長中の子ども達には未来の種しかありませんから、どんな花が咲くのかは、時が来るまで分からないモノなんです。


トシと共に言う内容が年寄り臭くなっていて、申し訳ありません。


絵本読み聞かせからスタートした私の早期教育。

「成功ですか?」と聞かれたら

『正直、何が成功なのかが分からない年齢になってしましました。もうそれぞれが自分の人生を歩いていますから』

としか言えません。

ただ、事実として「今現在は上矢印なりました」
とお伝えしたいと思います。


機会がありましたら、娘達に質問形式で聞いてみたい事もあります。

...母を批判されたらどうしよう( ̄^ ̄)ゞ
でも、それは私にとっては子供達を理解する為に貴重な事なのです。

ちょっと楽しみになって来ました。


いつ更新するか全く見通し立っていませんが。

またお目にかれれば幸いです。
















本日はお知らせです。

今日の夜〜明日にかけて放送される
Abema TV  「Wの喜悲劇」

に出演させて頂いております。収録は1月中旬で、実は癌治療の間をぬっての参加でした。



出演させれたお母様たちのお話を大変興味深く伺いました。


皆様がそれぞれに「自分の育てた子供の人生を丸ごと受け入れる覚悟」で子育てされていました。



受験のお話ではなく、親側が子供の才能を育てるのに必要な環境や努力を惜しんでいない部分が大変興味深かったです。

宜しかったら、ご覧ください。





今でも使われている言葉かどうか自信がないのですが...

「スパルタ教育」とは
 ギリシアのスパルタで、兵士養成のために幼時から施したきびしい軍事訓練や教育。転じて、そのような厳格な教育法をいう。スパルタ教育
       -デジタル大辞泉の解説より引用-

要は自我の意識が芽生える前から強制的に教え込ませる幼児教育、とういう意味合いで使われていると考えます。

ま、身体に無理矢理覚え込ませるのが目的ですね。

早期教育とか英才教育が、スパルタ教育と混同される原因があります。

子供の意思に関わらず、親の考え(希望)で教育をスタートさせるから。

でも...ちょっと考えてみてください。

今活躍中の運動選手は、小さな頃から親御さんが環境を作って育てられた方が多いですね。

TVで頑張っているお子さんを見ると、必ずや送り迎えとかお弁当とかとサポートしているお母さんの姿が見られます。これは芸術活動をしている方も同様で、ありったけの協力を惜しまない親御さんが世界的なプレイヤーを育てているのは事実です。

私が勝手に想像するに、おそらく親御さんが自身も何らかの世界でトップを目指していた、のではないかなぁ...

だって、ハイハイしている赤ちゃんが
「わたしピアノが弾きたいの」「テニスさせて〜」とは言いませんからねww


芸術やスポーツの世界では市民権(?)を得ているのに、なぜか学習能力においては否定されているのが現状ではないでしょうか。

私なりに考えました。そして「順位を付けられない分野だから」ではないかしら、との答えに至ったのです。

字の読み書きは、年齢が上がっても学習すれば誰でもできますよね。
外国語が良い例で、たとえ60歳を超えてから始めても出来るようになります→ かなりの意思力が必要だと思いますが...可能であるのは周知の事実でしょう。


なので、反対する人達は
勉強を親が押し付けてさせると、人間性が正しく育たないムキー」「自主性のない大人になるムキー」などなど...
との主張をされているようです。


私個人の経験を言わせて頂くと、ウチの娘たちと同様に早期教育を受けた子供たちは『皆さんしっかりした大人になっています

全員東大に行った訳ではありません。というか、東大に入学する事に、こだわっていないですね(笑笑

自分の希望・やり甲斐があることを見つけて、楽しみながら生きる方法を見つけつつ成人したと見受けられます。


人間、嫌々生きていくのは辛いでしょう?
同じ環境で生きていたって「価値を見つけられる人生」もあれば「不平不満ばかりの人生」もあるの現実です(約60年の経験上実感しています)

私個人は母親として、子供自身が『後悔のない人生を送る』土台を作ってあげたかっただけです。

本当に私は、ウチの子供達に特別抜きん出た才能はないと思って始めましたし、今もそう感じています。


芸術やスポーツは、天性の才能にかなり左右されると思います。が、私と夫の遺伝子に秀でたモノは全く見当たりませんでしたので、早々に放棄しました。

その反面、読み書きは時間をかければ大体の子供が出来るものです。ならば、早くから本を読ませよう!早く私の手を離れて、自分で勝手に読んでおくれ〜‼︎


それが出発点にあっての現在となった訳です。
早期教育を始めたのは、26年前(^^; でした。あっと言う間...に時は過ぎるんですよ。


何を子供にさせれば良いか分からない...
英語? リトミック? 絵画? バイオリン?

個人的な意見ですが、なんでも良いんです。ただし、親自身が教られる・一緒に楽しんで学べる事柄に限ります。


親子は、師弟関係ではないのですからね❤️


もう一つお伝えしたい内容は、結果を期待しないことです。


例えばウチの場合ですと、上の娘にかなり熱心に英語教育をしました。せっかく海外に居るのだから、と通わせた現地学校でしたが、実際にバイリンガルにはならなかったし・本人が取り組む前までは実る気配すらありませんでした。(ハングルに関しては、カスリもしません。私だけ、今でも上手ですww)


それが分かった頃は「うー(ToT)、かけたお金がもったいない...」とチラッと思った事もありましたよぎりました。

でも、いいんです。忘れてくれたって‼️

当時一緒に楽しく学んだ思い出は、私にとってとっても貴重だったんですから‼️



そして「学年一番」なんて試験結果もなかったです。

いいんです。一番にならなくたって‼️


人間の個性は、実に様々です。

ですから、学習能力が飛び抜けている子供がいる事も事実です。

記憶力は特に差が大きい能力じゃないかな?と感じますね。

ただ学習能力は訓練次第で、必ず発達するように脳の構造ができているので


諦めず・嫌がられずに続けて行く、が出来ればいいんです。

この時に必要なのは親の忍耐だと感じました。


教育の見返りを求めてしまう心を、じっと押さえるのも忍耐ですねぇ...


以上、前から考えていた内容ですが記事に揚げてみました。

あくまでも私の経験からツラツラと書いているだけです。

早期教育してみたいな...と思っても踏み出せない方がいらっしゃったら、

ダメなら辞めれば良いのですから、得意分野で一緒に学んでは如何でしょう。


では本日はこの辺で。失礼いたします。




早期教育を試した頃から、20年以上経ちました。娘二人が社会人になり、母である私は現在仕事から手を引いて田舎の実家近くに越しています。

理由は両親の介護補佐(実家は姉夫婦が継いでますので)、と私自身の健康問題です。長いこと「働く卵巣がん患者」をしていたのですが、そろそろ限界になりました。

老父満89才、老母満85才です。認知症を発症したのは母でした。この夏から、やっとグループホームに入所できた次第です。

話には聞いていました。「家族の顔が分からなくなる」「昔の事しか覚えていない」などなど。実際に自分の母親がそうなって戸惑いもありましたが、人間の生き方を考えさせられています。

老父は認知症との診断はついていませんが、十分に呆けいます  が当の本人は「自分は呆けていない」と信じているので、これまた目が離せません。

両親共に至って身体は健康です、はい。還暦寄りの末娘の私の方が先に逝くのカモと時々考えてしまうくらいです(笑笑


残された時間が(多分)数年以下だろう、と客観的にも見える老親娘三人。

否が応でも『人生の終わり方』を考えざるを得ない環境になっています。

また私の周囲では孫が生まれた方々が増えていますし、姪の子も3才になり “最近の家庭学習” にも目が行くようになりました。

振り返って見れば、私自身が一方的に始めた早期家庭教育です。そこには子供の希望とか意思は全くありません0才児ですからね、当たり前ですよね。

一般的に早期教育の[良し][悪し]の意見が別れるのも、先ずはこの点ではないでしょうか。


私の人生の40%強の時間は子育てでした。社会人となった22歳からの人生で計算すれば...何と73%‼️の時間をかけて子供の成長を見守って(いえいえ。見張ったり、叱ったりも込みデス)いた訳です。

今数字にしてみて、驚きました。親になるって、人生のメインだと言えるんですねぇ。

ちなみに、私の姉(四捨五入して、捨てる方でギリ還暦)では69%になりました。


子供を持った年齢にもよりますが「法律上の老人=65才」になると、60%以上の時間は子育てしていたのが人生なんですねぇ。

親は子供によって成長させられる、と言われるのも当然だと思いました。


で、ですね。医学的に見て、あと5年も生きられないだろうと思われる人生の大部分を占めた〈私の子育ての総括〉をしたいと考えています。

ぼちぼちですが、私が早期教育に興味を持った背景(自分の幼少期)から進めいく予定です。

「ふーん、こんなヒトがこんなコトを考えたんだ」と軽い気持ちで読んで頂ければ幸いです。

さあ、どんな展開になるのでしょう?一番楽しみにしているのは、私でございます




2018年3月。いよいよ下の娘も大学を卒業致します

1992年から26年間続いた『保護者』から、やっと解放されます。

長かったような?  一瞬だったような?

子供たちの成長につれ老化して来た母親の自分は、年齢さえ「あれっ?私何歳だったかしら?」との呆け具合です(笑笑

この2年間は娘達への関心よりも、実家の両親の介護の方がメインとなっています。

仕方ありません。これも自然の成り行きです。

成人した子供達を見て思うことは『頑張ったなぁ、ワタシの一言でございますニコニコ

また、これからの未来は[今、子育て真っ最中❗️]の方々にお任せしたいと思っています。



私が子育てに励んでいた25年前と現在では、社会構造が大きく変化しています。

皆さまもおそらく(いえ間違いなく)振り返って感じる事だと想像しています。



あ、あと一点お伝えしたい事があります。長女の学歴ですが〈書いて見ると結構立派〉ですキョロキョロ

が、そんなにピシッとした大人にはなっておりません

母の私が恥を忍んで証言します(笑笑

ただ偉いのは『娘自身が・自分の学びたい学問を見つけ・学び貫いた』根性です。

周囲に反対されても一貫して “海外でしか学べないので行ってくる” と実行した力の裏側には、本人の積み上げた努力がありました。

そこに母の私が気付いたのは、大学入学後に長女の部屋で高校時代の英語のノートを見つけた時です。

学校の先生に添削して貰った英作文のノートが、どっさり出てきましたびっくり

「英語が人サマより出来るのは当然の結果だなぁ...」としみじみ感じたのです。


親がどんなに熱心でも、本人が学ばなければ意味がないのが教育ではないでしょうか?

ウチの娘は東大に入ったワケでもありません。エリートという括りの就職先でもありません。

ですが、私の早期教育の目標は達成出来たと自負しています。

下の娘も然りです。母である私より、姉である長女にイロイロ相談している模様です。


どちらも最終決断は自分で決めているのですから、困難な事でも自分が解決しないと進めない人生を踏み出しています。


その娘達の目を通して、母である私も様々な世界を見ることが出来ました

世界地図を広げたり、現代女子大生の感性に驚いたり...

世代の繋がりを、子を通して感じているのが事実です。


親ですから、幾つになっても心配は尽きません。が、自分の足で立ってくれた娘達に心から感謝しています

母親も未熟だったと反省点もありますが、まあ結果良ければ全て良し!


と現時点で納得していますチョキ


「子の将来を安定させてあげたい」との思いで早期教育を始めると、危険も伴うと思います。

還暦寄りになった私自身の経験から断言しますが、思い通りに行かないのが人生です

まして子供達の人生ですからね。

どうか、その子供達一人一人の個性を見つけて大切に育てて下さい。

親の忍耐心は大きく、子への期待は程々にしてみる事も必要だと思います。

...と思っても期待するのが親の宿命ですからね


更新頻度の低いブログでしたが、これを期に卒業させて頂きます


有難うございました照れ