さてさて、二コのお話の続きです。


二コが緊急搬送されてから1週間。

動くと止血が遅くなるため、かなり強めの鎮静剤を投与されていた二コは、ピクリとも動かず眠り続けていました。

出血はとまったものの、呼吸が安定するまで人工呼吸器が挿入されていました。

2日に1回、搾乳したミルクを届けながら、私は二コが本当に生きているのか、胸の上下とわずかに動く足先だけで確かめる日々を送っていました。


搬送されてから2週間がたち、人工呼吸器が外れ、鎮静剤の投入もなくなり容態が安定しました。

しかし、そろそろ目覚めて動き出してもおかしくない頃合いなのに、二コはなかなか目を覚ましませんでした。

目が覚めても焦点が合わず、すぐにまた寝てしまう状態でした。

その様子に不安を覚えた頃、主治医の先生から夫婦で別室に呼ばれ、MRIで撮影した脳の状態の説明がありました。


簡単に言うと、低酸素状態が続いたため脳の外側、大脳の部分にダメージが残ってしまったこと、またその影響で脳梗塞を2ヶ所起こしてしまったこと、鎮静剤が抜けてからしばらくたつが、まだ目覚めないことなどから、今後何らかの障害を持つこと、という内容でした。


このときほど絶望して号泣したことはありません。これから楽しみにしていた4人での生活、未来がすべて閉ざされた気持ちになり、その日は何も手につきませんでした。

これから障害児を育てねばならないこと、長女のイコとの兼ね合いはどうなるのか、私は今後仕事することはできるのか…。

正直に言って、その後二コに会いに行くのが怖くなったほどです。


そんな中、希望になってくれたのが長女のイコでした。

イコが毎日変わらずにいてくれて、天真爛漫に過ごしている姿を見て、私も落ち着いていきました。

障害は残ってしまうとはいえ二コの経過は順調で、その後無事口からおっぱいを飲むことができ、少しずつ覚醒している時間も増えていきました。

はじめてちゃんと泣いている姿を見たときはその場で号泣してしまいました…。

産まれてから1ヶ月半、NICUからGCUに移り、無事に退院しました。


幸いなことに、二コはからだの障害は残ってしまいましたが、てんかんなどの持病もなく、医療ケアも必要ないという、かなり良い状態で落ち着いてくれました。

この持病があるか、医療ケアが必要か、というのは、同じ障害名を持っていてもかなり大きな差があります。

預け先もかなり限定されてしまいますし、気軽に外出できなかったりさまざまな制約がでてきてしまいます。

それがない、というだけで、二コは恵まれています。


今はお姉ちゃん大好きな、よく笑い、よく泣き、よく食べる幼児に成長しました。

今後は日常の一部として、二コのお話も定期的に上げていこうと思います。