メドゥサ、鏡をごらん
井上夢人 著 講談社 2000年8月5日発行
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
ネタバレの嵐です。ご注意ください。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
メドゥサあずさの正体は、恐怖あるいは心の迷いの象徴。
対する主人公は、白昼夢が日常化した妄想家。
そう見ていくのが、この物語を捕らえやすいのではないかと思う。
何かと深く考えさせられる作品なのではないだろうか。
だが私にしてみれば、何々の象徴がどうで、
隠喩がどうという考えよりも、
「とんでもないな」という感想の方が強かった。
「とんでもないな。恐れていたことが現実になってしまった」
これが、この本を読んだ感想だ。
それは、この作品のオチに関しての感想である。
私は井上夢人という人物について、あまり良く知らない。
だが私は、いつの間にか彼を勝手に、
現実主義者だと思い込んでいたようだ。
私は読みながら、こう感じていた。
筆者はこんなに面白く、メドゥサやら鏡やら液体空気やら、
時間の認識違いの謎などを散りばめてくれている。
果てには、主人公に対する疑問などもチラつかせていた。
この筆者はこれらの材料を、一体どう片付けてくれるのだろうかと。
私がもしこの作品の著者だったら、
オチはファンタジーな世界にならざるを得ないなと思った。
もう夢とか幻、霊または思い込みといったものを、
オチに持ってくるしかないと感じていた。
でもこの筆者は現実主義なのだから、そこをうまくやるのだろう・・・・。
そう期待していたのだ。
その期待が、不安に変わっていったのはどのあたりか。
それは、あずさの両親の家を訪問した場面以降である。
何だか怨念や呪いなどの色が濃くなってきたが、
本当に大丈夫だろうか。そう思った。
もしかしたら本当に、現実離れしたオチになってしまうのではないか・・・。
散りばめられた材料を、消化せずに終わってしまう予感もしていた。
現にあずさの両親のあたりまで話が進むと、もはや液体空気が青い色だとかは、すでに忘れ去られたネタになっている。
そして最後まで読んでみると、液体空気のネタは、さして意味が無かったことが判明した。
液体空気の作用で幻覚が見えたとか、
体が石に近い状態になってしまったとか、そういうことは一切無い。
本当に、ただの事故だ。取るに足らないネタだったのだ。
本当はもっとこのネタを生かしたかったのかもしれないが、
ページ数の都合上、断念したのではないだろうか。そう思えてならない。
あと無駄だったのは、鏡だ。
あずさの両親が鏡だらけの家に住む理由が定かではないし、
菜名子に送った鏡にしても、それが身を守るのに役に立ったという話は無い。
ただ、恐れに対する儀式的な雰囲気が出ていて、面白くはあった。
とてもいい材料だとは思った。
だがやはり、材料を生かし切れていないように感じざるを得なかった。
正直言ってがっかりである。
ただ、主人公の一人称に関しては、少々驚かされた。
単に私が間抜けだったのかもしれないが、指摘されるまで、
主人公の名前について考えを巡らせもしていない。
知らないということを、知らないままだったのだ。
普通「俺」だの「僕」だのが、若い男の代表的な一人称だろう。
それが、気がつけば一貫して「私」。
何かおかしいと思うべきだったのだが・・・。
私の脳は、少々劣化してきたようだ。
もしくは著者の描き方が素晴らしかったのか――。
・・・私が阿呆だったのだろう。
それでは最後に、最大の謎について考えてみたい。
結局あずさの呪いとは何だったのかということだ。
その謎に関しては、大雑把に分けて二つの可能性があげられる。
一つは、主人公藤井が、「あずさと気持ちの同化をさせられる呪い」
か何かで死にたくなったという可能性だ。
その場合の彼は、死ぬ間際に妄想を膨らませ、
ろくに構ってやれなかった娘、菜名子と交流することにした。
結婚前の、彼氏という設定の中で。人物なりきり妄想の発動である。
だがそれだと、菜名子とのキスシーンなどが、
かなり気持ちの悪いものになってくる。
そしてもう一つはこうだ。
あずさに「人生を他者のものにすりかえる呪い」をかけられたことで、
現実に居場所を無くして死にたくなった可能性である。
「これで終わりにしよう」という終了間近のセリフから推理すると、
この呪いは、伝染するものであるらしい。
次に謎を追う者が、自分と同じ感覚に貶められないように。
他人に成り代わったりして孤独を味わうことがないように、
そのようなセリフを吐いたのではないだろうかと考えられた。
そうなると、最後の「菜名子」というメッセージは、
この物語の救いの部分になるのだろう。
すべてを自分で終わらせるという意味だ。
そして、その単語を書くことで、最後に父親らしい心遣いを
あらわしてみたのだと思えた。
どちらの解釈が正しいのかはわからない。だがいずれの場合も、
藤井の態度のどの辺が、あずさの逆鱗に触れていたのかが不明である。
謎を追い求める者を死に追いやる、というのは、
いつ頃形成された信念なのか。
そしてなぜ、特に憎いわけでもないだろう藤井に
矛先を向けなければならなかったのか。
その辺の理不尽さは、いかにもホラー的ではある。
前回の感想文に続き、今回も散々だ。
文章の読みやすさではオルファクトグラムのほうが読みやすかったし、
話も理解がしやすかった。
だが、もう一度読みたいのはどちらかと言われれば、メドゥサの方である。
多少無理な設定であろうと、面白いと思わせる世界観が感じられたからだ。
訳がわからないながらも、読んでいて涙も出てきた。
荒唐無稽でも、面白ければOKなのである。

著者: 井上 夢人
タイトル: メドゥサ、鏡をごらん
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
ネタバレの嵐です。ご注意ください。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
メドゥサあずさの正体は、恐怖あるいは心の迷いの象徴。
対する主人公は、白昼夢が日常化した妄想家。
そう見ていくのが、この物語を捕らえやすいのではないかと思う。
何かと深く考えさせられる作品なのではないだろうか。
だが私にしてみれば、何々の象徴がどうで、
隠喩がどうという考えよりも、
「とんでもないな」という感想の方が強かった。
「とんでもないな。恐れていたことが現実になってしまった」
これが、この本を読んだ感想だ。
それは、この作品のオチに関しての感想である。
私は井上夢人という人物について、あまり良く知らない。
だが私は、いつの間にか彼を勝手に、
現実主義者だと思い込んでいたようだ。
私は読みながら、こう感じていた。
筆者はこんなに面白く、メドゥサやら鏡やら液体空気やら、
時間の認識違いの謎などを散りばめてくれている。
果てには、主人公に対する疑問などもチラつかせていた。
この筆者はこれらの材料を、一体どう片付けてくれるのだろうかと。
私がもしこの作品の著者だったら、
オチはファンタジーな世界にならざるを得ないなと思った。
もう夢とか幻、霊または思い込みといったものを、
オチに持ってくるしかないと感じていた。
でもこの筆者は現実主義なのだから、そこをうまくやるのだろう・・・・。
そう期待していたのだ。
その期待が、不安に変わっていったのはどのあたりか。
それは、あずさの両親の家を訪問した場面以降である。
何だか怨念や呪いなどの色が濃くなってきたが、
本当に大丈夫だろうか。そう思った。
もしかしたら本当に、現実離れしたオチになってしまうのではないか・・・。
散りばめられた材料を、消化せずに終わってしまう予感もしていた。
現にあずさの両親のあたりまで話が進むと、もはや液体空気が青い色だとかは、すでに忘れ去られたネタになっている。
そして最後まで読んでみると、液体空気のネタは、さして意味が無かったことが判明した。
液体空気の作用で幻覚が見えたとか、
体が石に近い状態になってしまったとか、そういうことは一切無い。
本当に、ただの事故だ。取るに足らないネタだったのだ。
本当はもっとこのネタを生かしたかったのかもしれないが、
ページ数の都合上、断念したのではないだろうか。そう思えてならない。
あと無駄だったのは、鏡だ。
あずさの両親が鏡だらけの家に住む理由が定かではないし、
菜名子に送った鏡にしても、それが身を守るのに役に立ったという話は無い。
ただ、恐れに対する儀式的な雰囲気が出ていて、面白くはあった。
とてもいい材料だとは思った。
だがやはり、材料を生かし切れていないように感じざるを得なかった。
正直言ってがっかりである。
ただ、主人公の一人称に関しては、少々驚かされた。
単に私が間抜けだったのかもしれないが、指摘されるまで、
主人公の名前について考えを巡らせもしていない。
知らないということを、知らないままだったのだ。
普通「俺」だの「僕」だのが、若い男の代表的な一人称だろう。
それが、気がつけば一貫して「私」。
何かおかしいと思うべきだったのだが・・・。
私の脳は、少々劣化してきたようだ。
もしくは著者の描き方が素晴らしかったのか――。
・・・私が阿呆だったのだろう。
それでは最後に、最大の謎について考えてみたい。
結局あずさの呪いとは何だったのかということだ。
その謎に関しては、大雑把に分けて二つの可能性があげられる。
一つは、主人公藤井が、「あずさと気持ちの同化をさせられる呪い」
か何かで死にたくなったという可能性だ。
その場合の彼は、死ぬ間際に妄想を膨らませ、
ろくに構ってやれなかった娘、菜名子と交流することにした。
結婚前の、彼氏という設定の中で。人物なりきり妄想の発動である。
だがそれだと、菜名子とのキスシーンなどが、
かなり気持ちの悪いものになってくる。
そしてもう一つはこうだ。
あずさに「人生を他者のものにすりかえる呪い」をかけられたことで、
現実に居場所を無くして死にたくなった可能性である。
「これで終わりにしよう」という終了間近のセリフから推理すると、
この呪いは、伝染するものであるらしい。
次に謎を追う者が、自分と同じ感覚に貶められないように。
他人に成り代わったりして孤独を味わうことがないように、
そのようなセリフを吐いたのではないだろうかと考えられた。
そうなると、最後の「菜名子」というメッセージは、
この物語の救いの部分になるのだろう。
すべてを自分で終わらせるという意味だ。
そして、その単語を書くことで、最後に父親らしい心遣いを
あらわしてみたのだと思えた。
どちらの解釈が正しいのかはわからない。だがいずれの場合も、
藤井の態度のどの辺が、あずさの逆鱗に触れていたのかが不明である。
謎を追い求める者を死に追いやる、というのは、
いつ頃形成された信念なのか。
そしてなぜ、特に憎いわけでもないだろう藤井に
矛先を向けなければならなかったのか。
その辺の理不尽さは、いかにもホラー的ではある。
前回の感想文に続き、今回も散々だ。
文章の読みやすさではオルファクトグラムのほうが読みやすかったし、
話も理解がしやすかった。
だが、もう一度読みたいのはどちらかと言われれば、メドゥサの方である。
多少無理な設定であろうと、面白いと思わせる世界観が感じられたからだ。
訳がわからないながらも、読んでいて涙も出てきた。
荒唐無稽でも、面白ければOKなのである。

著者: 井上 夢人
タイトル: メドゥサ、鏡をごらん
オルファクトグラム
井上夢人:著 毎日新聞社 2000年1月30日発行
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
書評というか、感想文程度です。
余計なネタバレは書かないように気をつけておりますが、
感想文を書く上で必要なネタバレはありますので、
ご注意ください。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
一言で言えばこの話は、
「類まれなる嗅覚で、殺人事件を追う」という話だ。
基本的な文体は一人称で、かなり読みやすい。
わざわざ小難しく書かれた文章が嫌いな私としては、
非常に筆者の文体に共感できた。
とても面白く、楽しく読ませてもらった。
だが、少し気になった点がある。
まずは、犯人の行動や動機についてだ。
犯人が、被害者の血を抜いたのはなぜなのか。
最大の謎はこれである。
犯人は、とりあえず潔癖症だったようだ。
髪を剃ったり、臭いを気にしていたことから総合して、
そう判断できる。
だが、潔癖症イコール血を抜いた、にはならないだろう。
被害者に対して「化粧を施す」と言ったり、
「ヴァンパイア」という言葉を自分から出したりしたこと。
これらは無意味だったのか。
恐らく筆者は、これらの単語で「異常性癖」
を示したかったのだろう。
精神がイカれている。血を抜くことに性的興奮を覚える変な奴。
その男は猟奇的なだけであって、行動に深い意味は無い。
そう想像するしか方法は見当たらなかった。
犯行に至るまでの動機だが、こちらも不明だ。
何か幼いころに、女性に対するトラウマを負った、などという
話も出ていない。
だから結局のところ、ただの快楽殺人だったということで
片付けることになるのだろう。そうは思っても、
そのあたりの説明がされていない限りは、確かな答えではない。
想像するしかないのだ。
個人的には、犯人が物語の途中で、主人公の能力に感づいても
よかったように思う。
私は途中で、すでに犯人が、嗅覚能力者の存在を知っている
のだと想像していた。知った上で自分の髪を剃ったり、
手をしきりに洗ったりしていたのかと思っていたのだ。
嗅覚の能力とは無関係だったので、肩透かしを食らった形だ。
だがこれに関しては、著者の意思の問題だ。私のために、
犯人の意識を変更する義理は無い。
ところで、犯人の犯行の動機や血を抜いた意味ほどではないが、
もう一つ、読者の想像に委ねられている感の事柄がある。
それは、主人公の能力の謎に関してだ。
事故のショックで才能が生まれたのか、それとも最初から
持っていたのか。
その謎の答えは、結局最後まで確定することはなかった。
だが一応は、「潜在能力がショックによって引き出された」
という予測で、
この問題は処理されている。深く考えず、主人公たちと同様に、
この予測を信じればいいのかもしれない。
次の気になった点は、物語の舞台についてである。
舞台に無駄が多すぎる。そう感じることが多々あった。
まずは眼科だが、このクライマックス直前の場面は、
別に眼科でなくとも良かったのではないかと感じた。
主人公が頭にワセリンを塗りつけられたシーンでは、
特に新事実が発覚したわけではない。
尻切れトンボで犯人を追った形だ。
せっかく眼科まで来たのだから、専門的な話の一つでも
入れておけばよかったのではないだろうか。
それが無いのであれば、わざわざ眼科という新しい舞台を
用意せずに、大学あたりでクライマックスに入っていけば良かった
のではないかと感じた。
次に、ラスト付近の大学の場面だ。
犯人が大学に来て、何もせずに帰っていった。
これは、何がしたかったのだろうかと思わざるを得ない。
主人公について調べたかったのかもしれないが、
あまり効果的なシーンにはなっていないように思えた。
あの大学のシーンの役目は、主人公が瓶を持ち帰ること
のみである。
主人公への警戒心、彼女マミへの警戒心を与える役目で言えば、
舞台が別に、大学である必要は無い。
主人公宅付近に、犯人の臭いを漂わすだけで十分である。
ついでに言えば、CGのシーンの扱いも低い。
これについては本当におまけのようなものである。
どちらかというと、メンタル的な部分で若干使われたような
ものだ。
CGの話の存在価値が低いと感じた。
最後に料亭と図書館についてだ。
これは私の邪推でしかないのだが、
料亭や図書館の話を読む限り、犯人探しの話とは、
別物だったのではないかという気がしてならない。
もしかするとこの作品は、二本の作品が一本化したもの
なのではないのだろうか。
一本目は「特殊な嗅覚で、今までの日常から
新たな日常に作り変えていく」という話。
終いにはテレビで取り上げられて、非常に迷惑する系の話だ。
そしてもう一本は、宅配員による、
快楽ヴァンパイア殺人事件の話である。
本当は前者のみでいきたかったが、話の展開が地味なため、
わざわざ殺人事件を絡ませたのではないか。そう感じた。
それではなぜ、そう感じたのか。それは、
「友達を探すために、テレビ局に自分の能力を売りに行く」
という部分が、あまりに強引だったからだ。
鼻の能力を売り込むことと友人の捜索依頼。
どんなにまとめられても、ぎこちないのである。
著者自身も、多少強引だったかなと感じたのではないだろうか。
だからテレビ局の人間に、「それとは何の関係が~」系の
セリフを言わせたのではないかと思うのだ。
以上、面白いと言っておきながら、散々な感想を並べさせて
いただいた。
だがこの作品の面白さは、私が今まで読んだ本の中で、
五本の指に入っている。
屁理屈抜きで普通に読めば、純粋にかなり面白いのだ。
その屁理屈にしても、私としては少ないほうである。
突っ込みどころはたったの数点。荒が少ない上スラスラ読める、
芸術点の高い作品と言えるだろう。

著者: 井上 夢人
タイトル: オルファクトグラム (上)

著者: 井上 夢人
タイトル: オルファクトグラム (下)
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
書評というか、感想文程度です。
余計なネタバレは書かないように気をつけておりますが、
感想文を書く上で必要なネタバレはありますので、
ご注意ください。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
一言で言えばこの話は、
「類まれなる嗅覚で、殺人事件を追う」という話だ。
基本的な文体は一人称で、かなり読みやすい。
わざわざ小難しく書かれた文章が嫌いな私としては、
非常に筆者の文体に共感できた。
とても面白く、楽しく読ませてもらった。
だが、少し気になった点がある。
まずは、犯人の行動や動機についてだ。
犯人が、被害者の血を抜いたのはなぜなのか。
最大の謎はこれである。
犯人は、とりあえず潔癖症だったようだ。
髪を剃ったり、臭いを気にしていたことから総合して、
そう判断できる。
だが、潔癖症イコール血を抜いた、にはならないだろう。
被害者に対して「化粧を施す」と言ったり、
「ヴァンパイア」という言葉を自分から出したりしたこと。
これらは無意味だったのか。
恐らく筆者は、これらの単語で「異常性癖」
を示したかったのだろう。
精神がイカれている。血を抜くことに性的興奮を覚える変な奴。
その男は猟奇的なだけであって、行動に深い意味は無い。
そう想像するしか方法は見当たらなかった。
犯行に至るまでの動機だが、こちらも不明だ。
何か幼いころに、女性に対するトラウマを負った、などという
話も出ていない。
だから結局のところ、ただの快楽殺人だったということで
片付けることになるのだろう。そうは思っても、
そのあたりの説明がされていない限りは、確かな答えではない。
想像するしかないのだ。
個人的には、犯人が物語の途中で、主人公の能力に感づいても
よかったように思う。
私は途中で、すでに犯人が、嗅覚能力者の存在を知っている
のだと想像していた。知った上で自分の髪を剃ったり、
手をしきりに洗ったりしていたのかと思っていたのだ。
嗅覚の能力とは無関係だったので、肩透かしを食らった形だ。
だがこれに関しては、著者の意思の問題だ。私のために、
犯人の意識を変更する義理は無い。
ところで、犯人の犯行の動機や血を抜いた意味ほどではないが、
もう一つ、読者の想像に委ねられている感の事柄がある。
それは、主人公の能力の謎に関してだ。
事故のショックで才能が生まれたのか、それとも最初から
持っていたのか。
その謎の答えは、結局最後まで確定することはなかった。
だが一応は、「潜在能力がショックによって引き出された」
という予測で、
この問題は処理されている。深く考えず、主人公たちと同様に、
この予測を信じればいいのかもしれない。
次の気になった点は、物語の舞台についてである。
舞台に無駄が多すぎる。そう感じることが多々あった。
まずは眼科だが、このクライマックス直前の場面は、
別に眼科でなくとも良かったのではないかと感じた。
主人公が頭にワセリンを塗りつけられたシーンでは、
特に新事実が発覚したわけではない。
尻切れトンボで犯人を追った形だ。
せっかく眼科まで来たのだから、専門的な話の一つでも
入れておけばよかったのではないだろうか。
それが無いのであれば、わざわざ眼科という新しい舞台を
用意せずに、大学あたりでクライマックスに入っていけば良かった
のではないかと感じた。
次に、ラスト付近の大学の場面だ。
犯人が大学に来て、何もせずに帰っていった。
これは、何がしたかったのだろうかと思わざるを得ない。
主人公について調べたかったのかもしれないが、
あまり効果的なシーンにはなっていないように思えた。
あの大学のシーンの役目は、主人公が瓶を持ち帰ること
のみである。
主人公への警戒心、彼女マミへの警戒心を与える役目で言えば、
舞台が別に、大学である必要は無い。
主人公宅付近に、犯人の臭いを漂わすだけで十分である。
ついでに言えば、CGのシーンの扱いも低い。
これについては本当におまけのようなものである。
どちらかというと、メンタル的な部分で若干使われたような
ものだ。
CGの話の存在価値が低いと感じた。
最後に料亭と図書館についてだ。
これは私の邪推でしかないのだが、
料亭や図書館の話を読む限り、犯人探しの話とは、
別物だったのではないかという気がしてならない。
もしかするとこの作品は、二本の作品が一本化したもの
なのではないのだろうか。
一本目は「特殊な嗅覚で、今までの日常から
新たな日常に作り変えていく」という話。
終いにはテレビで取り上げられて、非常に迷惑する系の話だ。
そしてもう一本は、宅配員による、
快楽ヴァンパイア殺人事件の話である。
本当は前者のみでいきたかったが、話の展開が地味なため、
わざわざ殺人事件を絡ませたのではないか。そう感じた。
それではなぜ、そう感じたのか。それは、
「友達を探すために、テレビ局に自分の能力を売りに行く」
という部分が、あまりに強引だったからだ。
鼻の能力を売り込むことと友人の捜索依頼。
どんなにまとめられても、ぎこちないのである。
著者自身も、多少強引だったかなと感じたのではないだろうか。
だからテレビ局の人間に、「それとは何の関係が~」系の
セリフを言わせたのではないかと思うのだ。
以上、面白いと言っておきながら、散々な感想を並べさせて
いただいた。
だがこの作品の面白さは、私が今まで読んだ本の中で、
五本の指に入っている。
屁理屈抜きで普通に読めば、純粋にかなり面白いのだ。
その屁理屈にしても、私としては少ないほうである。
突っ込みどころはたったの数点。荒が少ない上スラスラ読める、
芸術点の高い作品と言えるだろう。

著者: 井上 夢人
タイトル: オルファクトグラム (上)

著者: 井上 夢人
タイトル: オルファクトグラム (下)
