早く老人に、なりたい。~涙は枯れない

早く老人に、なりたい。~涙は枯れない

あれから、もう17年。
決して早くなんてなかった。
でも、16年が過ぎる。
一日も忘れるなんてなかった。

先の見えない棘の途を、
どれにも縋れず、
だれにも語れず、
あてなき彷徨う。

台風のあと、空は、夏だった。


僕は、いつの頃からか、男性が恋愛の対象になってた。

それは記憶の中では、小学1年か2年の頃にもう気がついてた。


父は、普段は気の弱い、いわゆる「いい人」。

でも酒が入ると別人になり、母や子供に暴力を振るう。

殴られて何回転もして壁にぶつけられた憶えは消えない。

仕事終わりに酒屋の奥のスペースで、毎晩一杯ひっかけてくる。

帰りが遅いのは家族にとって安らぎの時間。

でも自転車の音がすると、子供は別の部屋に移動する。

すると、母ひとりが相手をされる。

「なんでオレが帰ると子供は別の部屋に行くんだ!」

それが日課で、八つ当たりは母へ。

そんな母が心配で、僕だけは、その部屋にいつもとどまった。

それも5歳か6歳の頃。

兄は二人いるけど、末っ子の僕へは愛情は無く、やはり何かあると八つ当たりは僕へ。


それのせいかなぁと、これまで何度も考えた。

優しいお父さん。

優しいお兄さん。

そこから、子供心に他の男性へ求めてしまったのかなぁ~って。

最初は強くて優しい体育の先生だった。

次は優しくて頼れる担任の先生だった。


今まで何度となくお話ししたけど、結果的に、異常なまでの人見知りの母を最期までずっと一緒に暮らしてこれたのは、そのお陰。

最後の最後に、そんな男の子を産んだのは、母にとっても僕にとっても、宿命だったんだろうなぁ。

僕を産まなければ、他の兄弟の性格からして、きっと母を独りにしていただろう。


こんな僕だけど、新宿二丁目の街には行った事は無かったし、誰か恋人が欲しいとかも無かった。

学校行ってバイトしてサーフィンして。

大人になれば、仕事して家でご飯食べて、休日は母とドライヴして、月に2度くらいはロマンスカーに揺られてサーフィンしに行ったり。

漠然と、そんなで年齢を重ねてくのかなぁとか思ってた。


チャマと知り合ったのは同じ職場で、たまに何人かと飲みに行ってて、その中にたまに先輩のチャマが混ざってて、好きな音楽だったりが同じで、帰りに二人でご飯食べに行ったりしてた。


ある日、チャマから会社を辞めて自分で事業をするんだけど、一緒にやらないか?て誘われた。

僕からしたら、頼れる先輩で、優しい人だし、面白そうな事業だから、少し考えてから一緒にやる事にした。


仕事はチャマのマンションで始めて、いつも二人だったのもあったし、その頃から段々、この人、オネエかなぁ?と薄々勘づいてた🤭


お互いにちゃんと、話をした事は無いのに、いつの間にか恋人になってた😆

僕も恋愛は男性対象だとチャマは気づいてたんだね🤣


僕が新宿二丁目に初めて行ったのも、チャマに連れていかれて。

僕の中では、薄暗い街で、道に男同士がくっついて立ってて、いやらしいイメージしか無かった。

でも、チャマの行きつけの店に入るとめちゃくちゃ面白くて楽しくて、僕の勝手な想像でしかなかった。


帰りはいつも真夜中だったから、車で行って出来るだけ安いコインパーキングに停めた。

超ご機嫌なチャマだったなぁ。


その店にはカラオケもあって、歌の上手いチャマは何曲も唄った。

僕も唄った。

僕はアロエジュースだったけど。


そんな環境の中でガンになった姉の面倒も看るようになったり。

そして、姉が他界してからずっとあとに、なぜかこの曲が姉に重なってて、よくその店で唄った。

姉がひまわりを好きだったからかもしれないけど、理由は分からないまま、なぜか、姉に重ねた。

強い意思と精神を持っていたけど、いざとなるとか弱くて、守らないといけない存在だった。

そんな姉も僕を信頼してくれて頼ってくれてた。


僕には優しかった姉に、そばにいなくても、心が傷ついたり、悩んだり、辛い時は見守ってねって思いで唄った気がする。

僕は今でも、ひまわりを見つけると、姉の笑顔を思い出す。


スピッツ/サンシャイン

作詞:草野正宗
作曲:草野正宗

困らせたのは君のこと
なぜかまぶしく思えてさ
すりガラスの窓をあけた時に
よみがえる埃の粒たちを
動かずに見ていたい

サンシャイン 
白い道はどこまでも続くよ
サンシャイン 
寒い都会に降りても変わらず
夏の花のままでいて

こげた臭いに包まれた
大きなバスで君は行く
許された季節が終わる前に
散らばる思い出をはじめから
残らず組み立てたい

サンシャイン
 白い道はどこまでも続くよ
サンシャイン 
めぐる風によろけても変わらず
夏の花のままでいて

すりガラスの窓をあけた時に
よみがえる埃の粒たちを
動かずに見ていたい

サンシャイン 
白い道はどこまでも続くよ
サンシャイン 
寒い都会に降りても変わらず
夏の花のままでいて
サンシャイン...

で、何気に、この歌ってどういう意味なのかなぁと調べたら、こんなサイトに出会いました。


なんとなく、やっぱりそうか、僕の解釈とほとんど似てるって思いました。

チャマが亡くなった時も、母が亡くなった時も、火葬場で立ち昇る煙を見上げながら、大きなバスに乗って行くのかなぁって泣いた。

あと少しで、もう少しで、チャマの命日。
やっぱり6月になると、あの日を思い出さない日はない。
日頃から思い返したりはするけれど、この6月は心が空っぽになるくらい、辛い思いで溢れる。

僕の事を見送る人は、何人いるのかなぁ。