稲森和夫が三十代前半で会社を始めていろいろ悩んでいた時期に、江戸時代の京都の商人だった石田梅岩(いしだばいがん)という人のことを知り、《商(あきな)いは我も立ち先も立つことが必要で、自分もうまくいき、相手もうまくいくことが商売だ》という梅岩の言葉に、これだ、と思ったそうである。
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『ボウフラは人を刺さない。だが、蚊(か)になれば人を刺す。これは蚊に人を刺してやろうという心があるからだ。また、蛙(カエル)は、蛙だから蛇(ヘビ)を怖がる。これは蛇が怖いという心がそうさせる。つまり蚊には蚊の心があり、蛙には蛙の心があり、その心が決めている。
すなわち心とは形となって表れる。何かの形は、そのものの心を表している。したがって、正しい行いをしたければ、まず正しい心をもたねばならない………石田梅岩』

【↑石田梅岩像(大阪府堺市・菅原神社)】
江戸時代中期の思想家である石田梅岩(いしだばいがん/1685~1744)は、《(石門心学(せきもんしんがく)》の祖といわれているが、中国の明(みん)の時代に、王陽明がおこした※儒教(じゅきょう)の一派である陽明学(ようめいがく)でも"心学"という用語を使うことから混同を避けるために《石門心学》と呼ばれ、いつしか略されて「心学」が一般的呼称となっていった。
※儒教(じゅきょう)………紀元前の中国に興(おこ)った、孔子(こうし)を始祖とする道徳・倫理(りんり)の思想・信仰の体系………※※※
"心学"とは元々は儒教の言葉であるが、梅岩の場合は、商人の誠心誠意の働きを説き、"正直な商(あきな)い"を旨(むね)とする思想であり、簡単に言えば読んで字のごとく、【人間の心を学ぶこと】で、自分自身を問題にする実践道徳哲学である。
………石田梅岩は、数えで11歳のときに京都の商家の丁稚(でっち)になるが、その店は倒産してしまい、梅岩は倒産後も「奉公に出たら主人を親と思い大切に勤めよ。奉公先の恥(は)じを口外してはならない」という父親の言葉を実直に守り、国元にも帰らずに人足(にんそく/力仕事に従事する労働者)のような仕事をして、潰(つぶ)れた奉公先の主人を養っていた。
やがて、そのことが父親に知れ、十五歳の時に故郷に連れ戻され、二十三歳の時、ふたたび京都に出て、今度は大店(おおだな)の呉服商に奉公し、その実直さと勤勉さが認められて番頭にまで出世する。
だから彼は商売については身をもって詳しく、単なる思想家や学者が説いた机上(きじょう)の商人道ではないところに重みと説得力がある。
★★★………石門心学が世に受け入れられていった背景を知るには、当時の日本の経済状況に注目する必要がある。
………元禄(げんろく)時代(1688~1704)に入ってからの日本の景気は、金銀の国内産出量が低下しているにも関わらず、貿易においては金銀の海外流出が続き、その一方で経済発展により貨幣需要は増大していたことから、市中に十分な貨幣が流通しないために経済が停滞(ていたい)するという、いわゆるデフレ不況の危機にあった。
そこで幕府が考えた事は、金銀本位の《実物貨幣》から幕府の権威による《信用通貨》へと移行することができれば、市中に流通する通貨を増やすことが可能となり、財政をこれ以上圧迫することなくデフレを回避できるという事だった。
元禄8年(1695年)、幕府はそれまで出回っていた慶長金(けいちょうきん)・慶長銀を改鋳(かいちゅう)………つまり作り直して、金銀の含有率(がんゆうりつ)を減らした元禄金・元禄銀を流通させた。
これにより、豪商や富裕層が貯蓄していた大量の慶長金銀の実質購買力は低下し、商人たちは貨幣価値の下落(げらく)に直面して貯蓄から投資へ転じた。
こうして経済構造に変化が生じ、幕府財政に負担をかけずに緩(ゆる)やかなインフレをもたらすことが実現され、その結果、経済は好景気に沸(わ)き、いわゆる《元禄バブル》を享受(きょうじゅ)することになる。
ところが連続する大規模な自然災害に加え、《宝永(ほうえい)の大火(宝永5年3月8日<1708年4月28日>)》→→天皇の御所や上皇(=じょうこう/天皇の位を生前に後継者に譲った天皇の称号)、法皇(=ほうおう/俗世間から離れて仏門に入った上皇に送られる称号)の御所なども含めて公家(くげ)屋敷95軒、家屋(かおく)1万351軒、寺社(じしゃ)119カ所、大名屋敷21軒が焼失し、文字通り京都市街の多くが火の海となった大火や、将軍の代替わりによる出費が続いたという不運もあり、幕府の赤字財政からの脱却は困難を極めていた。
そこで財政赤字の補填(ほてん)を目的として宝永3年(1706年)には宝永銀、宝永7年(1710年)には宝永金・永字銀と立て続けの貨幣改鋳(かへいかいちゅう)を行ったが、その結果、銀貨を筆頭に価値が大幅に低下して通貨量が増大したことから著(いちじる)しいインフレが発生し、商人が保有する資産価値は低下、そして景気が悪化して、華やかな元禄文化は終止符を打ったのである。

………皆がじゃんじゃん金を使うことから始まった、いわゆる《元禄バブル》がハジけてしまい、有力商人が相次いで追放・財産没収の憂(う)き目にあい、経済的にも停滞期であった閉塞感(へいそくかん)漂(ただよ)う世の中になり、商人だけでなく、一般庶民たちが日々どのように生きていけばよいのか困惑している中、石門心学は儒教・仏教・神道に基づいた道徳を通し、人としてあるべき姿を独自の形で、そして町人にもわかりやすく身近な例を用いて日常に実践できる形で説いたのである………★★★★★
心学は「町人の哲学」とも呼ばれていた。
私たち日本人がよく使う「本心」という言葉は、石門心学が最初に使いはじめたものだ。
その核心は、宇宙万物が等しく持つ「自然的秩序(~ちつじょ)」を人間も持っている。人は誰でも人の形に基づく性・本心を持っており、欲心に惑わされず、本心に従うことが人の道であり、商人の道であるということ。
………事態が進展しない、問題が解決しない事を「埒(らち)があかない」と我々は言うが、元々は「物事の決まりがつく」「カタがつく」などの意味として「埒が明く(らちがあく)」という表現をしていた。が、現代ではナゼか否定表現である「埒が明かない」と使われることが多い。
「らち(埒)」とは囲(かこ)いや仕切りのことで、主に馬を繋(つな)ぎとめる馬場の周囲に設けた柵(さく)のことをさす。
梅岩は、人の一生のなかで自分で自分を卑下(ひげ)したり自分を高慢(こうまん)にしてきた自身の人生の流れを歴史に見立て、自分という性(さが)をつくっているのは、年代を追って重なってきた地層のようなものだと考えた。
彼自身、生来が正直で律儀(りちぎ)で、物事を理詰めで考える真面目な性格だった。
ある時、あまりに理詰めで物事を考え過ぎて、体調を崩したことを心配した主人から「気晴らしに遊んで来い」と言われ、一時は遊びに興(きょう)じたが、回復後も遊んでいた自分をふと反省し、「これは主人のお金を使っている限り、盗みと一緒だ」と考え、衣類や脇差(わきざし/護身用の小さな日本刀)を売ってまでして遊興費を返したというエピソードがあるほどだ。
しかしそういう性格ゆえに、他人からすれば意地悪で理屈っぽく融通(ゆうづう)がきかないと見られ、周囲から嫌われていた事を自身も自覚しており、何とか自分の中の不自由な地層を掘り起こそうと、過去の一枚一枚のネジくれた地層・壁を砕(くだ)き、そして、その奥に眠るナマの純粋な層と対峙(たいじ)し、本来あるべき性格=【本心】を取り戻そうとしたのである………それを彼は「手前の埒をあけていく」という表現をした。
要は世俗(せぞく)の固執(こしつ)、執着(しゅうちゃく)、依存(いぞん)に囚(とら)われないところの、沈黙の内なる心を指しているのであろう………言葉として外に出してしまうと、もう余計なものがくっついているからである←←吉本隆明からの受け売りだが(苦笑)。
人は誰でも日々を生きるにあたって様々な事に興味を持ったり夢中になったり、欲しくもなったり、頼ったりスガッたり、意固地になったり反発したり、個人の解釈やルールやプライドに固執しようとするもので、その積み重ねがその人の歴史となり顔となる。つまりは、それらを取り除いたところの人としての自分の原点に立ち返れ、という事なのだ。
人生とは、自分の心の創造物。
道を行くためには、"他者の言葉"ではなく、自分自身が道にならねばならない………
迷い道や袋小路(ふくろこうじ)に入らないためにも、原点に立ち返るというのは不可欠なのである。
注意………
混同されやすいので、敢(あ)えて補足しておきたいのだが、ここで言う本心とは、巷(ちまた)で頻繁(ひんぱん)に使われる《潜在意識(せんざいいしき)》の事ではない。
《潜在意識》は、『ポジティブ』『プラス思考』『マイナスイオン』『水素』『コラーゲン』『アルカリ』『トルマリン』『自己啓発』『引き寄せの法則』等々と同様、詐欺的勘違いビジネスに利用されやすいキーワードであるが、そもそも《潜在意識》というのは反証ができない命題であり、反証不可能な命題は正しいとも間違っているとも結論を言わせない非科学的ワードで、いわば言った者勝ちとなり、【見かけ上の】論理的整合性だけは強い単なるキーワードの一つという程度の認識で良い。
つまり、《潜在意識》という言葉を振りかざすようなものは、正直で誠実な真心を旨(むね)とする心学の精神とはかけ離れている事に注意してもらいたい。
日本では「不自然」という言い方が批判の意味合いになるが、「本心」は「自然」であり、人の形に基づく人の心である。
自分の中に世界の秩序を構成する天然自然があり、それが「本心」を成(な)しているのだ。
*****
当たり前のようでいて、実は疎(おろそ)かになりがちな事………事業の基盤は顧客(こきゃく)や従業員からの信用・信頼である。
梅岩は言う………
「仁」とはお客さまに対する思いやり。
「義」とは人としての正しい心、正直のことで不正やインチキをしない。
「礼」とはお客様をうやまう心がけ。
「智」とは知恵を商品に生かす心………この四つの心を備えれば、お客様の「信=信用・信頼」となって商売はますます繁盛するのだ、と。
………彼の言う『商人の正直さ』とは、要するに、富の主は本来、天下の人々であるという事。
だからこそ、自分の個人的欲望をはなれて、「生れながらの正直」つまり宇宙的真理の心にもとづいて商売をする、それが商人の道だと考えた。
そして、その"正直"によってこそ『真の商人は先もたち、我もたつことを思うなり』=「自分がお客様だったら、何をしてもらいたいか」という主客一体化の視点から、相手の立場にたってサービスを工夫すること………それが、商売を成り立たせる最大の根拠であると、ドラッカーよりも250年も前に経営の本質を理解していた梅岩は言う。
科学はモノの本質を究(きわ)めることを目的とするが、心学は心の本質を究めるのがその目的であり、道徳にかなった性質や行いを生活思想にまで高めようとし、当初は都市部を中心に普及していたが、次第に農村部や武家にまで広がり、江戸時代後期には大流行して全国的に広まり、そして、明治期には衰退(すいたい)していった………。
日本人の"美徳"の一つとされているのが「勤勉と倹約(けんやく)」だが、それを平易(へいえき)で実践的な言葉で提唱し、現代にまで続く日本人の習性として影響を与えたのが、石田梅岩その人であり、《心学》だったと言われている。
寛政(かんせい/1789~1801)以降の事………落とし物の大金を届けた正直者の芝浦の魚売りの実話を元にした噺(はなし)に、当時、流行していた心学を落語に取り入れ、特に庶民の女房に焦点をあて、女性の働きを尊重して家庭味や生活感の彩(いろど)りを添(そ)え、一方で酔っぱらいで怠(なま)け者である亭主の右往左往(うおうさおう)する姿を滑稽(こっけい)に表現しつつも、心学でいうところの誠実さと真心を込めた人の道を暗に説いたものが古典落語の人情噺(にんじょうばなし)の傑作の一つ『芝浜』である。
一般的に『芝浜』の成立は、お題を三つ、お客様からいただいて、その場で落語に仕立てた即興噺(そっきょうばなし)で、「酔っ払い、芝浜、革財布」という三つのキーワードから出来たとされているが、この説の根拠はどうも怪しいらしい………
🍵🍵🍵🍵🍵『芝浜』………………
「貧乏だけれど機嫌(きげん)よく働く、そういうお前さんをいつまでも見ていたくて、わたしゃ、一緒になったんじゃないか!それなのに情け無いねェ!近頃のあんたは、一体どうなっちまったんだいッ?!」
………呑(の)んべいの魚屋・勝五郎………腕はいいが酒に溺(おぼ)れて仕事をしなくなっていたのだが、女房にたたき起こされ、しぶしぶ半月ぶりに魚河岸(うおがし)のある"芝浜"へと出向く。

………現在の東京都港区にある、山手線や新幹線が走る線路とマンションとの隙間(すきま)に細長く存在する本芝(~ほんしば)公園となっているあたりには、江戸時代、「雑魚場(ざこば)」と呼ばれる魚市場があった。
この場所は昭和39年(1964年)頃まで漁船の入る入江(いりえ)になっており、魚市場本芝組の雑魚場(ざこば)として江戸前の魚介類が豊富に揚(あ)がり、浅草海苔の生産地としても有名だった。
本芝公園内には『~昔、浜になっていて、舟で魚を運んでここで魚河岸としての商(あきな)いが行われていました~』という案内板もあり、ここら辺(あた)り一帯が昔、"芝浜"とよばれていたことがわかる。
🍵………勝五郎は、女房が時間を間違えたために、まだ誰もいない時間に河岸(かし)に到着してしまい、仕方なく煙草を一服していると、ひょんなことから大金42両の入った革財布を拾う事に。
これでもう働かなくてもいいぞとばかりにバカな亭主は友人を呼んで飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。翌日女房に同じように起こされ目を覚ましたところ、「そんな大金なんてどこにもないよ!おまえさん、貧乏がすぎて夢みたんだろ。」と女房………
さあ大変である。お金もないのにドンチャン騒ぎをしてしまっては稼ぎもないのに借金だけが残ってしまう。
「情け無いねぇ! 本当に酔っ払いたいんなら、夢で拾ってきたお金や、私が借り集めてきたお銭々(ぜぜ)で酔うんじゃなくて、おまえさんが自分の腕と足とで稼いできたビタ(鐚/劣悪な銭貨)で、堂々と酔っ払ったらどうなんだいッ?!」
そして女房は私が切り盛りするから働いてちょうだいというので、観念して一念発起した勝五郎は酒をぷっつりやめて仕事に精を出す。
………そして三年後。
真面目に働いてきた夫婦は長屋の裏から表に出れるようになるまでに、財を築く。
大晦日(おおみそか)、畳も新しくなった家で、女房は財布を出してくる………それは、三年前に勝五郎が芝浜で拾った革財布だった。
大金を拾ったのは夢ではなかったのだ。
大家(おおや)さんに相談して、お前さんには夢だったことにして噓をついたのだと謝(あやま)る女房に、怒る亭主。
しかし、よくよく考えてみれば、あのまま大金を手にしていればロクな生き方しか出来なかったであろうと、勝五郎は逆に女房に頭を下げる。そして、すすめられたお酒を飲もうとして………
「………やめとこう、夢になるといけねェ。」
……………🍵🍵🍵🍵🍵
………落語『芝浜』は、賢(かしこ)い妻が機転を効(き)かせて亭主をくるめ、真人間に戻らせるという、やや教訓めいた話とも受け取れる。
だが、『落語は人間の小ささを大切にする。始末の悪さ、愚かさをそのまま語る。そこが落語の物凄いとこなんだ。』とする立川談志(たてかわ だんし/1936~2011)は、独自の『芝浜』を構築した。

談志の"女房"はあくまで、江戸のどこにでもいそうな、普通の平凡な情けない女であり、貧しさゆえに亭主が財布を拾ったことが実は嬉(うれ)しかったと打ち明ける女房だ。
「窃盗(せっとう)がみつかれば死罪」と大家に脅(おど)され、やむを得ず42両を隠して夢と偽(いつわ)ったときのことを、談志の「女房」は泣き崩れながらこう告白する。
「夢じゃなかったんだよ………
お前さん、本当に拾ってきたあん時。うれしくてどうしようかと思って。
ぶったっていいの。
ぶたれたって蹴飛ばされてもいいけど………。
怒ってもいいけどすてないでよね、お前さん………あたし、おまえさんの事、好きなんだもん。」
嘘と金の必要がなくなった談志の"女房"は亭主に「お酒を呑(の)もう」と言う。
彼女にとって、恐いものはもう何もないのである………好いた亭主さえいてくれれば。
そういう女房への勝五郎の返しが、「夢になるといけないから。」
勝五郎と女房にとっての真の幸せは、自分の心の地層を掘り起こした奥にある"本心"………互いを思いやる真心の夫婦の姿だったのである。
………口から刃物が出てるのかと思わせるくらいの遠慮のない暴言ともとれる言葉を発し続け、世間的にはその荒唐無稽・破天荒なスタイルばかりが目立つ立川談志だったが、生涯、この『芝浜』を演じ続けてきたところに、彼の"本心"が伺(うかが)えるような気がする。
立川版『芝浜』は、他の噺家(はなしか)とは一風違った変化球のようにみえる。が、案外、心の本質を究(きわ)める心学の精神に、もっとも近いのかも知れない。
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アメリカ合衆国東部のメイン州で時計職人をやっていたフィニアス・クインビー(Phineas Quimby/1802~1866)は、ある日、肺結核(はいけっかく)だと医師に診断される。
そして医師の指示通りに静養していたが、一向に状態が良くならなかった。
当時の医学では結核は根治(こんち)不能であり、空気のいいところで、滋養(じよう)のある食べ物を摂取して、静養するぐらいしか対処法がなかった。
彼は開き直るしかすべはなく、友人と田舎に出かけ乗馬をしたりするなど、好きにしていた。
そうしたら、なんと結核の病状がおさまってしまい、この体験から彼は、「病は気の問題なのではないのか?」と、思い始める。
30歳を過ぎたあたりで、クインビーは、フランスからやって来たシャルル・ポイアンという人物が行った、※メスメリズムを源流とする催眠術のデモンストレーションに大きな衝撃を受け、自身の人生を変える事となる。
「この薬は効(き)きますよ!」と言われて信用して飲めば、それが実は小麦粉でも水でも効果があるという《プラシーボ効果》を目の当たりにした彼は、心の問題を解決すれば病気は治るのだと確信するようになり、自(みずか)ら「治療師(…要は催眠術師)」となったのだ。
その後のクインビーは、様々な霊能力(?)を見せることによって生計を立てていたが、同時に患者の病気の診断と処方も行っており、それらの経験から次のような考えに至(いた)る。
『病気は基本的に患者自身の誤った信念から生じるものであり、この誤った信念を正すことで治療できる。』
『病気があるという考えそのものが体の不調や病気を引き起こしているのだ。』
※メスメリズム………現代の催眠術を語る上で避けて通れないのがメスメリズムである。↓↓↓
★18世紀末のオーストリア・ウィーンで開業医をしていたフランツ・アントン・メスメル(1734~1815)は、生命現象をつかさどる物理的流体が宇宙に存在すると唱え、これを動物磁気と名付け、動物磁気を操作することで患者の病気を治すことができると主張し、磁石を使わず、手のひらを患者の体にかざし、接触することなく撫(な)でることで動物磁気を与える治療法を考案する。
★その後、メスメルの弟子のピュイセギュールが、磁気催眠に陥(おちい)ることにより、医師と患者の間で流体が循環(じゅんかん)する交流状態が発生し、この状態の間は医師が意図する通りに患者に行動を起こさせる、つまり痛みを取り除けるというのがピュイセギュールの理論であり、その後は彼の理論がメスメリズムの中心となっていく。
★メスメリズムに感銘(かんめい)を受けたイギリス人医師のジェイムズ・ブレイドは、メスメリズムによる催眠状態は動物磁気ではなく心理生理学的な現象によって引き起こされていることを証明する論文を提出し、後に、メスメリズムに代わり「神経催眠」という言葉を生み出し、凝視(ぎょうし)法という催眠導入法を考案。そして、神経催眠は「催眠」と呼ばれ、現在に至っている………※※※※※
………クインビーが、催眠術を利用して患者の心を覗(のぞ)いたところ、その多くの人々の心が、神への怖れ、神に選ばれていないような自身のあり方への不安に支配されている事に気づく。
『今までの伝統的なキリスト教の解釈が人間を幸福にしないのならば、ここできちんと、あらためて解釈し直さないといけない。』………やがて、それが以下のような《思考》へと発展することになる。
◎あなたや社会の不幸を生むのは信仰の不確実さがそうさせているだけで、"原罪"というものは存在せず、万人が「キリスト」の力を内に秘めているのだ。
◎人間の心情と意識と生命は、宇宙と直結しており、要するに、あなたの心が明るければ、運命は開き、世界は繁栄する………それだけの世界を神は用意しているのだ。
………この考え方が、19世紀に起きた《ニュー・ソート(New Thought)》と呼ばれるキリスト教の新潮流となり、やがてそれはアメリカの《ポジティヴ・シンキング=積極的・楽観的思考》の源流となり、1860年代から全米に急速に広まり、やがて世界中へと伝わっていく。
日本でも人気がある「潜在意識の法則」を提唱した英国人牧師のジョセフ・マーフィーも、「成功哲学」の提唱者であるナポレオン・ヒルもこの流れの中に入る。
この流れは『思えば叶(かな)う』『思考は現実化する』という拡大解釈を引き起こし、後の《自己啓発》や《引き寄せの法則》等々に繋(つな)がってゆく。
***
ネット上をはじめ、巷(ちまた)に腐(くさ)るほど乱立する自称カウンセラーや〇〇コーチング等々は、それらを名乗るのに資格も学歴もいらない。
民間資格でありながら高度な養成課程に基(もと)づいた公的活用が行われる"臨床(りんしょう)心理士"は名称独占資格であり、資格がなければ臨床心理士を名乗ることはできないが、誰かが(…今、この記事を読んでいるアナタでも!)ある日突然、「心理カウンセラー」「人生のコーチング」等を名乗って客をとり、カウンセリングを行い、料金をとってもOKであり、奇跡を呼ぶ〇〇や〇〇暦、霊能力、スピリチュアル云々等を標榜(ひょうぼう)するタイプに至っては、もうゲロゲロ状態だ。
勿論(もちろん)、資格があってもスキルや経験に乏(とぼ)しかったりする場合もあり、資格はなくても良心的なカウンセラーが全(まった)くいないとは言えないが、耳ざわりの良い美辞麗句や癒(いや)し的または神秘的な言葉、あるいは不安を煽(あお)る言葉ばかりを羅列(られつ)するばかりのネット上のサイトやブログや広告などでの表面上の文言では見分けがつかず、結果的に個人情報(メールアドレスも!)や金のやり取りが発生する"詐欺的ビジネス"が横行しているのが現状で、それらは悩みや病や障害に苦しむ人々を今も洗脳し続け、勢いがやむ気配もない。
詐欺的洗脳ビジネスや宗教以外でも、様々な占いや霊能力、美容&療法&健康法と称するもの、またはセラピー、カウンセリング、コーチング、政治思想、哲学、導きの言葉等々、勿論、本記事でも紹介した石門心学も含めてだが、人々の心や感性に訴えかけるもの全てについて、盲目(もうもく)的にそれを信じる、信奉(しんぽう)する、頼る、スガるという行為には、《例外なく》必ず危険な副作用が含(ふく)まれている事を肝(きも)に命じなければならない。
もし、あなたが何の疑問も持たず、まだまだ吟味(ぎんみ)や精査する余地(よち)があるという認識もなく、『これは間違いなく正しい。』と信じ込むものがあれば、それはあなた自身の思考に歪(ゆが)みがある証拠である。
言い換えれば、人間の思考なんて、元々歪みがあるものなのだ。
相手方の個人や組織によっては、人として当然であるはずの、疑問や奇妙に思うことや反省点を指摘する事が憚(はばか)られるような空気を醸(かも)し出し、そういう考えを起こす事自体を『迷いだ、罪だ、魔だ、罰当たりだ』などと逆に非難(ひなん)してくるケースも多々あるが、そのような教えは"生きている人間"そのものを否定しているようなものであり、そういう"人間を否定する"ようなものを人間が信じる必要はない。
最悪なのは、そんな思考さえも働かない状態とあれば、かなり重篤(じゅうとく)である。
あなた自身がロボットや奴隷(どれい)のままで良いというのならば、この文章は無視してもかまわない。すでに死んでしまっている人間に用はない。
………どんなに疑り深い人間でも必ずエアポケットはあり、宗教団体は忌(い)み嫌っていた者でも、こういう詐欺的商売には引っ掛かってしまったというケースは筆者も沢山(たくさん)見聞きしている。
我々が注意しておかなければならないのは、そもそも人間が持っているメカニズムを先(ま)ずは理解しておく事だ。
人間の身体というのは健康を改善しようという機能を元々持っており、暗示をかけるという行為は、回復に向かおうとする機能を加速的に後押しする役割を持つというのが正確な表現である。
また、『〇〇を信じて癌(がん)が治りました!』という体験談を話す人も世の中には少なくないが、同じ癌でも"スピードタイプ"と"のんびりタイプ"とがあり、治ったり手術をしなくても長生き出来るガンの多くは単純に"のんびりタイプ"であったという事実は見過ごされがちだ………無論、いずれにしても早期発見に越したことはないのだが、残念なのは、癌のタイプ種別の見極めは、ベテランの医者でも難しいものなのだそうだ。
◆◆◆………多くの亡くなった癌(がん)患者を解剖(かいぼう)した医師によると、『広い意味では癌による死と言えるだろうが、癌そのものが直接の死因ではなかった』というケースに遭遇(そうぐう)することも少なくないそうだ。
癌がいくら巨大になっても、生命の維持に重要な部分(臓器)が何とかその活動を保(たも)たれていれば生きていくことができ、癌が全身に転移しながらも長期間生存した患者もいる。
抗がん剤の副作用で、癌以外の臓器にダメージが生じ、それが引き金となって亡くなる方もおり、無理に治療しなくても、「※癌悪液質」による衰弱(すいじゃく)死のほうが、安らかな亡くなり方だったかもしれないと思われる場合もあるという。
※癌悪液質………細胞間で細胞の増殖(ぞうしょく)や分化、細胞死や治癒(ちゆ)といった情報伝達を行うタンパク質の総称を《サイトカイン》と呼び、健康な体にも当然意味があって存在するのだが、これが癌というケースになると、癌細胞が放出する物質と、癌細胞に反応して体が放出する物質も《サイトカイン》であり、筋肉や脂肪(しぼう)細胞、そして肝臓(かんぞう)に働くことによって生じる悪性のものとなる………◆◆◆◆◆
さらに、人間の脳というのは誰でも《現在から過去を見ようとする》性質があるため、出来事を現在に合わせて都合良く解釈してしまうという傾向がある事を忘れてはならない。
宝くじに当たった人が、「〇〇神社にお参りしていたから当たった」「奇跡の〇〇を持っていたから当たった」などと考えたり、ビジネスやその他の事などで何らかの成功や克服(こくふく)体験を持つ人などが他者に向けて、例えば時期が良かった→良い人と巡り会った→チャンスが来た→「成功した」という時系列を、最初から現在の結果が見えていたかのようにストーリーを語るようになる………これらはコジツケだろうが何だろうが無理矢理にでも因果(いんが)関係を求めようとする脳の性質がそうさせているのであり、真実とは異(こと)なる。
だが、物事を都合よく考える人間にとっては、「成功する未来を信じていた」という《脳がテキトーに作っただけのストーリー》は、「思えば叶(かな)う」「思考は現実化する」という"魔法の言葉"の裏付けや根拠(こんきょ)だと信じるようになる………そういう流れが成功術・成功法則として拡大解釈されて、あらゆるところで「成功する秘訣」としてある種の"宗教状態"となってしまっているのだ………まあ、元々のタネがキリスト教の新解釈・ニューソートから始まったものであるから、はじめから宗教の道へ進む運命にあるのは仕方のない事かも知れない。
人間の脳というものは非常に高度なメカニズムによって成り立っているが、その反面、脳が錯覚(さっかく)や勘違いを日常茶飯事に起こしやすいという性質を持っている。結果、その事が様々な宗教や占い、霊的・スピリチュアル的なもので大衆を食い物にしようとする連中に利用されてしまうという事件があとを絶たない。
………個人の好き嫌い、経験や知識・情報に基づいた自分の解釈やルールを《思考》と呼ぶが、それは人間の"本心"ではない。本心ではないものを現実化しようと念じたところで、無駄なものを"引き寄せる"だけだ。
成功者の本当の現実………それは、想定外の出来事が頻繁(ひんぱん)に起こり、その都度(つど)悩み苦しみ、失敗し、それでも行動する事をやめなかったことにある。
自分が何をしたいか、目標地点はどこなのか、そのためにどうすればいいか、問題を現実的に具体的に考えることをしない者が、魔法の呪文のように"自己啓発"や"引き寄せの法則"にしがみつき、それを利用するビジネスも氾濫(はんらん)するという現代社会の状況をみるにつけ、噺家(はなしか)・立川談志が遺(のこ)した有名な名言を思い出す………
『よく覚えとけ。
現実は正解なんだ。
時代が悪いの、
世の中がおかしい
と云ったところで仕方ない。
現実は事実だ。
そして現状を理解、
分析してみろ。
そこにはきっと、
何故そうなったかという
原因があるんだ。
現状を認識して把握(はあく)したら
処理すりゃいいんだ。
その行動を起こせない奴を
俺の基準で馬鹿と云う。』
🎬🎬🎬🎬🎬……………
『生まれた娘は〈はな〉と名付けた。
花のように、みんなに愛されますように。』
がんでこの世を去った女性、33歳。
彼女が幼い娘と夫、家族との日々をつづったブログを基にしたエッセイ本は2012年に発売されるやいなや、常にひたむきな明るさで生きる一家の姿が日本中で大きな話題を呼び、関連書籍やテレビドラマ化、道徳の教科書への採用など社会現象を巻き起こし、そして映画化された。

【↑映画『はなちゃんのみそ汁(2015年12月19日公開/118分/脚本&監督:阿久根知昭/原作:エッセイ「はなちゃんのみそ汁」安武信吾・千恵・はな著<文藝春秋刊>/制作プロダクション:イメージフィールド/製作 :「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ<イメージフィールド、東京テアトル、医療法人寿栄会本間病院、相武台脳神経外科、中央映画貿易、オデッサ・エンタテインメント、西日本新聞社、酒井幸子>/配給&宣伝:東京テアトル/DVD発売:オデッサ・エンタテインメント)』】
【↓映画『はなちゃんのみそ汁』予告編】
🎬🎬🎬………乳ガンを宣告され、不安と恐怖に押しつぶされそうになる千恵(広末涼子)を、信吾(滝藤賢一)は支える決意をし、そして二人は夫婦になった。
闘病生活が始まり、抗がん剤治療の副作用で卵巣機能が低下している中、千恵が妊娠していることが発覚する。
子供を産むということはがん再発のリスクを高め、自分の命を危険に晒(さら)すことになる。
それでも千恵は周囲の支えに勇気付けられ、悩んだ末に産むことを決意。
出産は無事成功し、生まれてきた女の子に“はな”と名づけた。
家族3人の幸せな生活………しかし、病魔は千恵の余命を長くは残してくれなかった。

『残り少ない時間のなかで、私が娘に伝えられることは何だろう』………千恵は、娘が自分がいなくても生きていけるようにと、はなに料理や家族の大切さを教えはじめる………🎬🎬🎬🎬🎬

泣くために映画を観るという趣味はないので、いわゆる"難病もの"というのは積極的には観ないのだが、本作はタイトルが良い。それに惹(ひ)かれて観たといっても過言ではない。
内容も邦画にありがちな泣かせ泣かせのクドイ映画ではなく、病気という事情を除けば喜劇要素もふんだんにある明るいホームドラマという作りで、笑って泣けるあたたかい作品となっている。
日本テレビの24時間テレビ内でドラマ化もされていたようであるが、そちらは観ておらず、ブログやTVドラマについて巷(ちまた)で問題視されているような、代替医療と呼ばれる食事療法や民間療法への偏(かたよ)った傾倒という色合いは本作では強調せず、化学療法も含め、監督はどちらも否定しないように、肯定(こうてい)しすぎないようにという配慮をしているように感じる。
阿久根監督は言う………「みんながみんな傷だらけになりながら、手探りで模索(もさく)して苦しむのががんですよ。その記録ですね、これは。」

4歳で味噌汁の作り方を千恵から教わり、5歳の時には一人で出来るようになったはな。
それからの毎日の味噌汁作りは、母との約束として、はなの担当となる。
しかしそこはまだ子供、時には自分の興味に夢中になり、ダダをこねて味噌汁作りをサボろうとする。
それを叱(しか)る母・千恵の言葉には、“生きること”の本質や喜びとは何かというメッセージが込められている。
「もしママがいなくなったら………はなが、病気になったりなんかしたら、ママもパパも悲しいけん、だから、ちゃんと食べて………ちゃんと食べるにはちゃんと作る。食べることも作ることも、いい加減にせん!」
ちゃんと食べるにはちゃんと作る………実にシンプルな言葉だが、それは食事に限らず、人生における様々な場面においても生かされる考え方だ。
現実をちゃんと見なければ夢や目標も幻となる。
ちゃんと行動しなければ世界は見えない。
欲心に惑(まど)わされず、ちゃんと本心と向き合わなければ道は開けない。

ウマイ味噌汁が飲める事………幸せのヒントは、案外そんな身近なところにあるのかも知れない。
誰かが言った………『人生は味噌汁のようなもの。おいしい具は底にたまっている。』





























