休日は栄養ドリンクを飲み飲み子供を遊ばせる日々を過ごしております。
先日は家族で大型ショッピングセンターへ。
私は子供を連れて遊び場へ。
妻とおばあちゃんは買い物&スタバでお茶。
妻は第二子妊娠中。子どもの世話とお腹の重さで、気が滅入って、落ち着く時間が必要なのです。
さて、人が多く集まるところにはJWも。
ショッピングセンターの近くの交差点で二人組がカート奉仕していました。
たまにやってるのは見ていたので特に驚くこともありませんが。
田舎のショッピングセンター。
人はほとんど歩いていませんし、そもそも人の動線上にもありません。
だから車に乗る人だけしか見えませんし、4車線の交差点なので、二人組が立ってるのが見えるだけで何をやってるかはわかりません。
しかも日差しも強く顔はしかめっ面。喜びの奉仕は苦行となり、近寄りがたい雰囲気となっていました。
その近くでは人の動線上に、黒いサングラス、黒いスーツの男たち十数名が、黄色のバンに黒い文字を掲げ、何かをPR。
異様な風景でしたが、笑顔で手を振り、音楽をかけ、幾人かと記念撮影。抽選会などを設けそれなりに人だかりができていました。
私も何事かと、ネットで検索。ネットゲームのPRだということが判明しました。
とても怪しい集団でしたが、彼らは技術を駆使し、工夫を凝らし、自らの目的を果たしていました。
対してJWはというと・・・。
もちろん、私はこの組織を出た身。この活動が成功することを望むこともありません。
また、彼らが真面目にやってるのであれば、それを馬鹿にしたいとも思いません。
ただ、それでいいのかい?もう少し工夫できるのでは?と勝手にいろいろと考えてしまった・・・。
彼らの目的はなんなのでしょう?
雑誌を配布するでもなく、イベントへの招待をするわけでもなく、なにかメッセージを発するでも、声をかけたりするわけでもなく、ただ立っている。
目的があることは、私はわかりますが、一般人にはなにも見えず、不安を煽ります。
これが有給と無給の違いなのか。
彼らの目的は組織の提案に従うこと?
ただそれを行うだけで、あとは「あなたたちは神の奉仕をしました。素晴らしい」とおだてられ、満足する。
世界のごくわずかと思われる成功例を聞かされ、自分たちは役立ったと思えるポジティブさ。
会衆にもどれば、「いや〜、すごい車の数でした〜。これだけ多くの人にPRできたのは、とても効果的だとかんじました〜」なんて、どや顔で経験を語り、称賛を得るのでしょうか。
でも実際は、「あの人たち、なに?なんかぼーっと立ってるけど。」「あれよ。二人組で家に勧誘にくるじゃない。」「あー、あの人たちねー。なんか暇そうねー。こんなとこまで来て勧誘してるの?なんかやだねー。あそこは通らないほうがいいね。なんか気持ち悪いし。」なんて、言われていることは想像できますが、考えない。想像したらこんなことできませんし。
でもこの活動によって際立つのは、JW内の反応と一般人とのギャップ。
一般社会では卑下され、身内では称賛。
組織に対する依存度は高まり、抜けられない蟻地獄。
まさかここまで計算されているとしたら、恐ろしいことです。
ただ、自分も少し前まではあちらの側にいた。
そんなことを考えると、身震いがする、ある休日でした。