まずは、ちゃばろいの生い立ちから書きたいと思います。



私は、とある東海地区に産まれました。

当時、父の仕事場であった地方のH市に私と母、そして父の三人暮らしをしていました。



私の人生の一番最初の転機。


それは、母が倒れた時です。



幼稚園に通っていた私。

登園拒否を繰り返し、母がノイローゼになってしまい、とうとう倒れてしまいました。



幼い私は何がなんなのかわからず、その場で立ちつくしていました。



医者に診断されたのは"鬱病"。



当時、私は知りませんでしたが、母は何度も自殺未遂をしていたらしいです。


ある時にはマンションのベランダから。

ある時には寝室で首を吊る。


幸運な事に(母にとっては不幸ですが)全て未遂に終わりました。



そんな母を心配してか、父は名古屋市に引っ越す決心しました。

父の地元が名古屋だったんです。

そこには祖父母もいるし、手助けになるだろうと。



小学二年生で、私は名古屋に越しました。



今、思えばH市から名古屋に引っ越したのも私の教育の為ということもあったのかなあ、と思います。



地方のH市とは比べようのない勉強のレベル。

九九は三年生から習うものだと思っていた私は当然勉強について行けるわけもなく、何度も小学校に呼び出され面談を繰り返しました。



ですので、今だに時間が読みまちがえたり九九も弱かったりします。



勉強が追いつかない。

九九のドリルが地獄のようでした。



そんな私を励ましてくれたのは母。



母は毎日つきっきりで私に九九を教えてくれました。



手作りのカードを作って。

出来るまで何度も何度も。



それも地獄のように苦しくて、学習塾にも入れられて、日々勉強の毎日。

地方で暮らしていた時の事を何度も思い出しました。



どうして、こんなに勉強しているのに。

どうして、できないの。



まわりの子は、みんなできているというのに。



×ばかりの解答用紙。

そんな解答用紙でしたが、一問でも正解していると母は笑って褒めてくれました。



母の笑顔が見たくて、苦しくても勉強をがんばりました。



母の容態は安定していたように思います。

(近所の人に嫌味を言われていたりしていたそうですが、以前のように自殺未遂や薬の副作用で倒れることはなかったです。)




時が過ぎて小学三年生。



今まで通っていた学習塾から、受験塾に通わされました。


母は猛烈に反対。

父が強引に私を受験塾に入れました。



私を、私立中学に入れさせる為に。



この為に、引っ越しを?

母の事は表向きの口実だったのではないのか?


この頃から父に疑惑の目を向けていた気がします。



母の反対も押し切って通いだした受験塾。

学力もそう大してない私にとってそこは地獄でとうてい表せる程のものではなかった。



そこは、まさに―――…生き地獄。



成績の悪い生徒は成績の優秀な者の笑い者にされ、

先生には暴言を吐かれ、贔屓され、



どうして宿題をやってこない?

(問題がわからない。)



どうして公式を覚えられない?

(どこに、何をあてはめればいいのかがわからいない。)



やる気がないなら、出ていけ。

(そうしたら、母が…)



この成績だと、どこも受かりませんね。

("私"が望んだ受験じゃないのに。)



毎回、顔がぐちゃぐちゃになって帰宅しました。



けれど、私が受験塾を止めたいと言うと、母が父に怒られてしまう。



私の受験は、母を護るための父との戦いでした。



そんなこんなで、受験塾をやめたり通いだしたりを繰り返して(この間にも問題は多発しましたが、また機会があれば筆記します。)、私は最後まで諦めませんでした。



結果、九九も危うかった私が第一志望校に受かりました。



父が泣いて喜びました。

けれど、私はそれをどこか冷めた目で見ていたと思います。



(やっと、解放された。)



この思いが強かったです。




中学受験は、子供にとっての自由を束縛します。


今、貴方がもし、子供の受験を望んでいるならもう一度考えてください。


私は確かに第一で私立中学に入学できました。



しかし、後悔しています。



だって、あの受験は"私"の意思じゃなかったから。


中高一貫という学校に縛りつけられただけだったから。




母の反対は間違いではなかった。

でも、正解でもないと思うんです。



私は結局私立に行ったのですが、仮に公立に行っていたら、また状況は違ってくるでしょう。



だけど後悔しているのは本当です。



私立受験で勝ち組になれるとか、

私立受験で子供の将来が広がるとか、



そんなの、嘘です。



それは所詮、大人の言い訳。


それは所謂、大人の事情。



子供の為だなんて、よく言える。




自分の子供が「私立中学に行っている」と、いう肩書が欲しいだけでしょう。




親が子を心配する気持ちはわかります。


が、子供は少しくらいほっといても勝手に成長します。



子供が少しでも、"受験が辛い"と思ったら、それは子供の意思で受験していません。



親の、洗脳です。



だって私がそうだったから。



母は必死に父からの洗脳を防いでいてくれたけど、



私は父の洗脳を受ける事によって母を護ったつもりでいます。



…それが、後悔に繋がるとは思っても居ませんでしたが(笑)





ちゃばろいは、来年大学に進学します。



中学受験が終わって、六年が経過してもあの受験の辛さは忘れられません。


六年間、受験した価値はあったでしょう?と問われたら、


それはもちろんイエスです。


イエス、って答えなかったら受験した意味が無意味になっちゃいますしね…。



受験で手にした、この学校で過ごしてきた六年は宝物です。


いい友人と出会えた。

けど、本当にそれだけです。



中学に入学しても頭はかなり悪かったちゃばろいだったので余裕で教頭面談まで行ってます(笑)

この話も後にしていきたいですね。



その反面、井の中の蛙になりました。



これが後悔していることです。



高校はバイトがしたかった。


もっと楽しい普通の文化祭がしたかった。


共学がよかった。



たくさん後悔があります。



後悔の方が勝ってるんじゃねーの?wってくらい。




得たものより、犠牲が多かったです。




受験ブームとか言われてますが、私は受験する必要はないと思います。



もし、私に子供が出来たら絶対中学受験はさせません。



思い通りに行くなんてことは、決してと言っていいほどありません。

もし、思い通りにいく子供がいるのであれば、それは子供ではなく、親の人形でしょう。



子供は一人の人格。



意思があります。



人形なんかじゃ、ないんです。