今日も穏やかな快晴
遠くに雲は見えるけど
見上げると青空で
気持ちいい
また書かなくなってどれくらい
経っただろう…
最初はやはりルーティン化してなくて
寝る前に
「また忘れた」と
思ってた…
でもあと2週間弱で
お正月だ…と思ってた矢先
12月18日
朝、6時に電話がなった…
仕事が変わってから
早起きする必要がなくて
歳とっても寝れる私は寝ぼけてた
でも母のパニックの声
「お父さんが!」
慌てた…
慌ててすぐ行くと伝えた
夫に伝え、車の用意をお願いし
パジャマだということに
気付き、慌てて着替える
妹に電話…出ない
長女に電話…旅行に行ってた…出ない
次女に電話…出ない
3人に2回目のかけ直しをして
出てくれた…みんなパニックだ
車に乗り、走らせてる時
母から電話があった…
〇〇病院に行く
慌てて来た道をUターンする…
すると後ろから救急車が…
夫が「お父さんじゃないか?」
祈る気持ちで追いかける…
父はこの一年、春にはAED機能が
付いてるペースメーカーを入れた
心臓も悪いが
腎臓も悪かった
1日おきの透析
足の指が1本壊死して一関節くらい
短くなってしまったけど
切断せず、なんとか歩けてた
最近では足の親指の爪が剥がれてしまい
痛々しく直角に爪が立ってた…
その爪も剥がれ…足の血流がやはり
悪いんだと思った
11月に床にクッションフロアシートを
張りに行った時も風邪気味で
食欲が落ちてた…
咳も酷いと言うから後日
病院に付き合って即刻入院
でもお正月前には万全にして
我が家にかにを食べにおいでと
伝えて嬉しそうに
「そうだな」と笑ってた
夫が今年から次女の婿が増えたことで
我が家でお正月やることにしていて
みんなのカニをたくさん
買ってくれてた…
それを嬉しそうに楽しみにして
その時の入院は
肺気腫
また新たな病気が…なんて
思ってたけど、ご飯も食べれないって
言ってたから、とにかく
2週間の入院も
頑張って…と言い、お見舞いにも
平日は行けないし、土日も
1日1回2名までしか行けないので
2回しか行けなかった…
フラフラしていたけど
退院したら散歩頑張るから…と
お正月と次女の結婚式を楽しみに
声は元気だった
12月18日(木)
9時18分
死亡確認がされた…
病院に着いて2時間半後
やっと会えた…
病院に着いてしばらくして
医師の説明によると
1時間、心臓マッサージしてるが
戻らない…
でももうペースメーカーの波形しか
確認されない…
ご家族揃ってから止めます
心のどこかではわかってた…
だってAED機能が付いてるペースメーカー
だったから…
母曰く、とにかくゆっくりしか
動けないから、透析の日の7時のお迎えに
父は早朝5時くらいから
準備をしてると…
だから、その日も透析の日で
6時でも間に合うから…と
言い、前の晩は寝かせたと…
音がしないから朝、覗いたら
まだ寝ていて、起こして支度を
手伝ってたと…
その際、肩に汚れが着いてたから
どうしたのか聞いたら
「口からなにか出たんだろう」とのことで
着替えようと下着を下から捲し上げたら
そのままバターンと
後ろに倒れてしまったと…
慌てて、どうしたのとベットに横たわる
父を見たら、目を開けて
生気を感じなかった母は
ほっぺたを叩きながら起こしたけど
なんの反応も無かった…
慌てて心臓マッサージをして
救急車を呼んで私に電話を…
あまりにも急なことで…
私は3日後の日曜日に
会いにいくと言ってたのに…
あまりにも未練もない死に方で
まだ私には実感がなくて
ふわふわした状態
色んな手続きをするから
分かってるけど、分かってない…
父の写真なんて家に飾ったり
してなかったんだけど
遺影を探すのにプリントアウトした
ものをとりあえず飾ってある
それを見る度に
チリっとえぐられる気分になる…
お葬式で妹はワンワン泣いてた
それを義弟に支えるように
言ったり、母を支えたり
会計したり、病院にお礼のお菓子を
買いに行き、それを渡したり…
携帯、解約したり…
仕事は忌引で
年内は行かなくていいと
言われてたから時間は沢山あって
のそのそ日々やってるけど
私は泣けない…
思いっきり泣きたいのに
泣けない…
ここ何年も父が喜ぶように
夫とも協力してもらい
あちこち出かける計画を
立ててきた
次女のお婿さんとも
何度も出かけて会わせてきた…
父が気に入ってたから
今年は卒寿だったから
父には似合わないような
お店で紫のちゃんちゃんこも着せた…
最後の集まりは義妹の還暦の
祝いをした時に10人で我が家で
みんなに会えた…
私はまだまだ何かしたかった
常に今度は何をしようと
考えてたから、次は何しようと
浮かぶ…でも、もう必要ないんだ…と
思わされる…
もちろん、母のためにも
していきたい…
母が今、一番支えが必要だから
でも大泣きしたいのに
泣けないのは何でなんだろう…
AIに相談したら
「泣けないからって自分が冷たい人だと
思わなくていいんだよ」って言われて
「そんなこと微塵も思ってない…」と
思ったけど(笑)
笑うこともできるし、父らしく
最期を迎えたんだなとも思う
でももう居ないってことを
毎日再確認を何度も何度もしながら
身体のどこかがチリっとえぐられる気持ちになる
今日はもう大晦日
あと、2日でカニ食べれたのに…
未練も何にもないかのように
さっさと逝っちゃって…
愛犬のこと大好きだったから
迎えに来てもらって
さっさと逝っちゃったんだと
本気で思ってる…そういう人だった
50過ぎた娘が行くと、嬉しそうに
笑って
その日のためにネタになる話を
私もたくさんメモして話す…
すると大笑いして楽しそうだった
好き勝手にほんとに酷いことも
信じられないこともしてきた父だった
母も何度も泣かされた
離婚したいとも言ってた
でも、私だけは味方でいようと
子供の頃から思ってた
それでも私たちが喜ぶことを
中々行動には移せなかったけど
考えてくれてる人だった
ほんとに親って居なくなっちゃうんだな…
知ってたはずなのに
分かってたからここ数年
いろいろ考えてきたはずなのに
穏やかに眠る父の顔が
寝てるだけに見えるけど
現実で、もう姿も無くなっちゃって
もう明日で新年
父と次女の結婚式
見せてあげたかったな
最後に撮った10人の集合写真でね
それがすごーく父の姿が
霞んでるというか暗くて…
それを見た時に少しゾッとしていて…
心のどこかではもうそんなに
長くは無いだろうと口にはしなかったけど
思ってた…だからこそ、いろいろ
詰めてやらなきゃと思ってたのに…
呆気ない…
さっさと終わらせてしまった…
もう少し未練なかった?
でもそれまでは苦しかったと思う
いっぱい頑張ってくれた
それなのにいっぱい頑張ってって
言ってごめん
ここまで忘れたくなくて
一気に書いた…
読んでくれた方いるかな?
ありがとうございました。
元気です。なのでまた
来年、よろしくお願いします(*^^*)

