好きです!柑橘。

と言うか、果物。


ここ暫くは意図的に果物を遠ざけていて、
買うのは
りんご、国産レモン、
あとたまーーーにパパイヤくらい。


そしたら先月
静岡から戻った日に友人から荷物が届いていた。

私からのバレンタインドキドキて、手紙つき。

惚れてまうやろ!!


旅行のお土産のレモンがごろごろ、
それと文旦に、うちの猫&私が大好きな焼き海苔(新物)

田舎の母の仕送りみたいなセレクトがたまらん。笑



そこで柑橘への愛を再認識しました。


レモン好きはだいぶ公言してたけど、
文旦の美味しさよ!
なんだあれは!罪!
そして触りこごちで文旦とわかっちゃう私よ!(一口食べて確信へ。)


まー、レモンも大活躍です。毎日。


父がたまに買ってきてくれる
デコポン、ポン柑、みかんにも癒されている。



以前のように
1日にいくつも食べないけどね。


ちょっとつっぱねて、愛を確認。


女心かよ。


しかしまあ、
愛を認識したからこそ、大事にするよね。



ホワイトデーのお返しは明日だな~








だっつん…








ずっとそばに居る気が無いなら

そんな関わりかたしないで



















くれよーーー



って思うのは、わがままかな。




厳しいのかな。
人はオギャーと生まれた日だけが誕生日ではない。
人は生まれ変わり、進化する。


死なないと生まれ変われない人もいるけれど、人は生きているうちに何回でも生まれ変われる。


例えば病気がその人の進化を促している。
進化しようとしてもできない時に、
病気となってその進化を促す。


命がけの病気となって、
命を賭けた進化を果たそうとする。


なにかが間違えていたと潜在脳が気づいたとき、
潜在脳はその超能力を発揮します。


例えば癌。
意識して自分の細胞を癌化させるのは普通の能力ではできないこと。
これって超能力。


そのことに気づくかどうかが、
きっと分かれ道。

全ての病気には
心身の奥底からの信号があって、
そのせっかくの信号を聞かないで、
焼く、切る、叩くといった治療にのみ依存すると、進化の筋からそれていく。



心はなんのためにあるか?

それは「人とつながるためにある」


その心の機能が阻まれた時、
異変が生じます。


病気になった時、
それは社会的(人と人の関係性で生じたこと)ですから、人の助けが必要となります。

人が手を差し伸べてくれた時、
人とつながれる。
心の機能はその呼吸を思い出す。


差し伸べられたその手をとるかどうかが、その人の素直さということなんだろう。


「素直」は素晴しい能力なんだと思う。

逆に 疑い深い心は、
他者を受け入れないばかりか
自己をそもそも受け入れていないので、
進化が難しい。


Carpe Diem
今日という日を大切に。