「しあわせになりたい」の次に出てきた言葉
こんにちは。現代版「御師」:まっつんです。前回までで 『しあわせを目的にして 起きる出来事を委ねた結果、 私が体感したしあわせな現象』を紹介させていただきました。ご紹介した現象だけでなく小さな現象を含めると毎日のようにしあわせな現象が舞い込んでくる日々。とっても有難い変化です♡私が変化させたことを今一度、振り返ると『神社参拝(遥拝含む)の時に 「しあわせになりたいので、 どうかお助けください」 「ありがとうございます」 と言葉に発して祈る』ということ。ふと、立ち止まって言葉を読み返したところちょっとした違和感が湧き上がってきました。それは「しあわせになりたいので」という部分。これだけしあわせな現象に遭遇させてもらっているのに「今はしあわせじゃないの?!」との違和感だったのです。「しあわせになりたい」という言葉には、「今はしあわせではない」という意味が込められていたのです。ここに気づいてから神社参拝の際に口にする言葉を「しあわせで有り続けたいので どうかお助けください」「ありがとうございます」に変えるように意識しました。私の体験を振り返ったところ、私は具体的にしたいことがある状態ではなかったので、しあわせになることを目的にして起きる出来事は委ねた。その結果、幸いなことにしあわせと感じる現象/出来事が次々と舞い込んできた。そして、「しあわせになりたい」という状態から「しあわせで有り続けたい」という状態に変化したみたいです。もし最初から「しあわせで有り続けたい」という言葉を使っていたら、当時の私は「今、本当にしあわせなんだろうか?」との違和感が湧き上がっていたはずです。十人十色という言葉があるように人はそれぞれ違う状態にいる。そして口にする言葉をどう捉えるのか?どう感じるのか?もそれぞれ違っている。そのことを意識すると万人に共通する方法は存在しないんでしょうね。方法論にとらわれるのでなく自分がしあわせと感じられる状態を少しでも長くできるといいですね。お互いに♡本日も最後まで読んで下さりありがとうございます。