昨日から、ポカポカと春の陽射しが煜
まだ
が、所々に残っているけど フキノトウ も出てきたし、福寿草も花を咲かせ始めた

春だなぁ~~煜
と言うことで、ちかちゃんも

脱皮 

をしましたぁ
この冬 ずぅ~~っとお世話になった作業ズボンの下にはいていたレギンスと 猪猪サヨナラ猪猪しました。
トレーナーにもサヨナラ猪猪
でも明日から大荒れのお天気になるとか・・・
まだ
が、所々に残っているけど フキノトウ も出てきたし、福寿草も花を咲かせ始めた

春だなぁ~~煜
と言うことで、ちかちゃんも

脱皮 

をしましたぁ

この冬 ずぅ~~っとお世話になった作業ズボンの下にはいていたレギンスと 猪猪サヨナラ猪猪しました。
トレーナーにもサヨナラ猪猪
でも明日から大荒れのお天気になるとか・・・
早いものであの大地震から1年が過ぎようとしています。
今まで経験したことのない強い揺れと、いまだに続く恐怖・・・。
2011年 3月11日 午後2時46分
いつまでも続く長い大きな揺れ
普通の地震と何かが違う
急いで火を消してみんなの所へ走った
電気は消え薄暗い工場の中。
このまま中に居ては危険だ
外は、今まで降っていなかったはずの雪が Σ(・ω・ノ)ノ!猛吹雪
停電は続き、みんなそれぞれに家族に連絡をするが ・ ・ ・。
一つのラジオを頼りに、第2工場へ行った社長の帰りを待つ(w_-;
シャッターが開いたままで電気が止まったためにブルブル震える。
その間も、繰り返しおきる余震にみんながビクビク。
そんな時、
「大丈夫
俺は大丈夫
」
「みんな大丈夫
」
甥っ子ちゃん二人からの 無事メールが届いた・・・よかったぁ。
どれくらい時間が過ぎただろうか・・・。
社長がもどり帰宅命令がでた。
「信号も止まった状態なので十分に気を付けて帰るように」
普通は、5分で着く距離なんだけど とても長く感じた。
家に着くと、じいちゃん(父) ばあちゃん(母) 甥っ子(弟)ちゃん ぴこちゃん が車の中に避難していた。
このままでは危険だと思い 甥っ子ちゃんが みんなを避難させてくれたとのこと。
いつまで続くのか分からない停電。
ガスは使える、水道も大丈夫。懐中電灯は5~6個はあるが電池が少ない。
急いで、ばあちゃんと二人スーパーに行ったけれども閉まってた。
どこに行っても、この状況は同じだろうとあきらめた。
帰り道、個人のお店 八百屋さん 電気屋さん が電卓はじきながら暗い店の中で懐中電灯片手に 少しでも皆の役にたてればと思って と言いながら営業してくれた。
急いで帰って明るいうちに夕飯を・・・。
度重なる余震が来るたびにガスを消すことになるけど、温かいご飯が食べられるだけ有難い。
一つだけある湯たんぽは、じいちゃんに。 ばあちゃんにはカイロを貼って。
若い者たちは、厚着をして我慢
みんな、直ぐに逃げられるように懐中電灯とジャンパーは枕元に。
※この時役にたったのが百均のLEDの懐中電灯です。大きさは10㎝くらいの物なんですが、一晩点けていてもまだまだ使えました。今では、一人1個持ち歩くようにしています。※
ながい ながい夜の始まりでした。
頼りのラジオから聞こえてくるのは、恐ろしい状況のニュース。
甥っ子(弟)ちゃんが、お母さんのお友達が宮城の海の近くにいるのを心配してメールを送信。
しばらくして返信メールが・・・。
「やばい やばい ・ ・ ・」
心配で、しんぱいで。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
やっと連絡がとれたのが夜9時位だった。
「家は流されたようだ。お母さん、弟は わからない。避難所は行ってみたけど入れないようだ。」
そのお友達も、ガソリンも少ない寒い車の中で空腹のまま一晩を過ごすことに・・・。
つづく・・・。
今まで経験したことのない強い揺れと、いまだに続く恐怖・・・。
2011年 3月11日 午後2時46分
いつまでも続く長い大きな揺れ

普通の地震と何かが違う

急いで火を消してみんなの所へ走った

電気は消え薄暗い工場の中。
このまま中に居ては危険だ

外は、今まで降っていなかったはずの雪が Σ(・ω・ノ)ノ!猛吹雪
停電は続き、みんなそれぞれに家族に連絡をするが ・ ・ ・。
一つのラジオを頼りに、第2工場へ行った社長の帰りを待つ(w_-;
シャッターが開いたままで電気が止まったためにブルブル震える。
その間も、繰り返しおきる余震にみんながビクビク。
そんな時、
「大丈夫
俺は大丈夫
」「みんな大丈夫
」甥っ子ちゃん二人からの 無事メールが届いた・・・よかったぁ。
どれくらい時間が過ぎただろうか・・・。
社長がもどり帰宅命令がでた。
「信号も止まった状態なので十分に気を付けて帰るように」
普通は、5分で着く距離なんだけど とても長く感じた。
家に着くと、じいちゃん(父) ばあちゃん(母) 甥っ子(弟)ちゃん ぴこちゃん が車の中に避難していた。
このままでは危険だと思い 甥っ子ちゃんが みんなを避難させてくれたとのこと。
いつまで続くのか分からない停電。
ガスは使える、水道も大丈夫。懐中電灯は5~6個はあるが電池が少ない。
急いで、ばあちゃんと二人スーパーに行ったけれども閉まってた。
どこに行っても、この状況は同じだろうとあきらめた。
帰り道、個人のお店 八百屋さん 電気屋さん が電卓はじきながら暗い店の中で懐中電灯片手に 少しでも皆の役にたてればと思って と言いながら営業してくれた。
急いで帰って明るいうちに夕飯を・・・。
度重なる余震が来るたびにガスを消すことになるけど、温かいご飯が食べられるだけ有難い。
一つだけある湯たんぽは、じいちゃんに。 ばあちゃんにはカイロを貼って。
若い者たちは、厚着をして我慢

みんな、直ぐに逃げられるように懐中電灯とジャンパーは枕元に。
※この時役にたったのが百均のLEDの懐中電灯です。大きさは10㎝くらいの物なんですが、一晩点けていてもまだまだ使えました。今では、一人1個持ち歩くようにしています。※
ながい ながい夜の始まりでした。
頼りのラジオから聞こえてくるのは、恐ろしい状況のニュース。
甥っ子(弟)ちゃんが、お母さんのお友達が宮城の海の近くにいるのを心配してメールを送信。
しばらくして返信メールが・・・。
「やばい やばい ・ ・ ・」
心配で、しんぱいで。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
やっと連絡がとれたのが夜9時位だった。
「家は流されたようだ。お母さん、弟は わからない。避難所は行ってみたけど入れないようだ。」
そのお友達も、ガソリンも少ない寒い車の中で空腹のまま一晩を過ごすことに・・・。
つづく・・・。
