なににぶつけりゃいいのか
つづき。
月曜日。停電するとか騒いでいる中、会社からは何の連絡もありませんでした。つまり来いってことですね。
サーバはバッテリーあるからいいとして、個々の端末の電源はどうするんだろう?と疑問に思いつつ、会社に到着。
朝礼で発覚したのですが、どうやらビルにはこんな時のために、自家発電があるらしい。あ、仕事するんですね。わかりました。
案の定、電車の関係でこれない人が大勢いました。
それでもとりあえず来いといううちの部長。
まぁ、障害発覚してややこしい時期だったからだと思いますが、何か違和感を感じました。
とりあえず余震にビビりながらも仕事を進めますが、空気が重い。
「障害どうしよう。大事になるかもしれない。」
「何で電車混雑してるからって来ないんだよ。」
「わたし何でこんなところにいるんだろう早く帰りたい。」
いろんな思いが交差するフロア。。。
そしてわたしを一番まいらせたのがおっさんの発言。
多分、心の中のイライラ、うっぷんをどこかにぶつけたいんでしょう。
それがどこに向かったか。
原発と東電です。
「なーにやってんだよ」
「悪い障害対応のいい見本だ」
「停電するっていったのにしないとかどうなってんでしょうねー。責任感ないのかねー」 とか。
なんでそうなる?
最悪の事態を避けるべく、一所懸命、それこそ命かけて頑張ってる人がいるのに。
ほんとうに苦しくなって涙がでてました。自分にびっくりしました。
隣では一番信頼していた先輩がビビりまくりで逃げないと放射線にやられるとか言い出すし。
正しい知識をもって判断した上でビビっていただきたい!
最近大好きになった上司も、この事態をアトラクション感覚で楽しんでるみたいだし。
「アハハ」ってアンタ。。。(あえて明るく振舞っていたのかもしれないですが)
あと、こんな事態なのに帰そうとしない部長に反感を覚えました。
停電の関係で電車がなくなるってわかっているのに帰さない。
言葉にはしませんが、「え?帰るの?これが明日以降も続くのはこまるなぁ」だそう。
とにかく定時(以降)までいろってことですか。
「は?何で?おかしくない?」って思わずつぶやいてしまいました。こういう時こそ家族は一緒にいないとダメだと思うんですがね。
勝手に裏切られた気分に陥ってしまいました。はい、偽善者だね。ダメすぎる。
誰の話も聞きたくない。誰とも話をしたくない。
でもひとりはイヤだし不安だって聞いてもらいたい。
なんというパラドックス!!大混乱ですね。
仕事でも、イラついてました、
Aさん⇒Bさん⇒わたしという流れで来た仕事。
しかもBさんからは「ちょっとお手伝いして」という感じで頼まれた仕事です。この頼み方はずるい。
エビデンス不要の確認テストかと思っていましたが、いつの間にやら最後の要となる重要なテストを任されていました。
てっきり半日あれば終わる仕事だと思ってしまいました。
それがこんなに重い仕事だなんて知らないし。ひどい。
指示も口頭だけだし、よく分からないところあるのにそのままわたしに投げるし、Aさんと認識ズレてるし。
忙しいとは思いますが、人を使うってもっと責任をもって指示しないとダメだと思います。
そのせいで毎晩遅くまで
テスト指示書作成⇒環境構築⇒バッチ修正⇒テスト⇒やり直し⇒テスト指示書修正⇒バッチ修正⇒テスト
いつ終わんねん。
終いにはAさんに「最近抜けが目立ちますのでタスクリストを作成し、現状の共有を心がけてください」とか注意されるし。
あーーもう!イライラする。
決して更年期だからではないですよ。
でも、今まではきちんと指示を受けてやる仕事をもらえていたことへの感謝と、自分から質問や事前確認することの大切さを学べたのでよしとします。
とにかく。
早く全てが落ち着いて欲しいです。
こんとん
こんとん混沌カオス。。。
そんな感じだねー。
3月11日(金)。地震がありましたね。わたしは会社にいました。9Fに。
なんか揺れてんなーやだなーって思ってたら、だんだんと大きくなって。机の下に隠れました。大きいのは2回ほど来たと思います。
もうなんか放心しちゃって、暑くてたまらないし、余震もバンバン来るし、何これ?でも建物びくともしないし大丈夫だよね?とかちょっと混乱してました。
とりあえず冷たい空気を吸いに階段へ。
他の人はサーバがちゃんとUPSに切り替わったかを確かめに9F⇒3Fまで階段で走って移動したりしてました。
金融系って・・・日本のサラリーマンって・・・すげぇですね。
しばらく体を冷やしてフロアに戻って座ってもやっぱり余震は続きます。船酔いしてきてもう文書なんか頭に入らない。
なんか混乱しちゃって、帰りたい帰りたい帰りたい∞そればっかり思ってました。
父がメールくれたので、無事だと。平気だけど大丈夫ではないと伝えておきました。
同じくびびっていた先輩と一緒に6時過ぎに会社を出て、何故かすき屋にいって牛丼食べて帰りました。(今思うと行動がおかしい。。。)
帰り際に駅の様子を見に行きましたが、駅員さんが拡声器で「運転再開の見込みは立っていません。会社に戻ってください」とアナウンスしてました。そして改札のまわりではみなさん床に座りこみんでました。夜を明かす覚悟ができているようでした。
お店はみんな臨時休業。そりゃそうだ。
・・・でも一つだけ日常なところを発見しました。
それは。
ATM。。。
こわい。金融系こわい。
そういえば私の勤めいている会社も退社命令出たりはなかったです。
おかしくない?命かけるとこ間違ってない?
わたしの責任感と自覚の欠如のためこう感じたのでしょうかね。
こりゃ大変だわ~と思ったときに、ふっと思い出しました。後輩が家に帰れないということに。
急いでメール。「帰れないようならうちにおいでよ。食べ物と布団とお風呂あるから!」
しかしメールも混んでて?やり取りがかなり難しい状態でした。なんとか電話がつながり迎えに行くことができましたが。
その晩はいろんな話をして楽しかったです。
後輩のおかげあまりナーバスにならずにすみました。
それに、家族みんなから安否確認の連絡が。あり難かったです。そして帰りたいという思いは募る。。。
ここからわたしの落ち込み具合がすごかったです。
土曜日の朝、幸い電車が復旧していたので後輩を駅まで送りました。そして近くの神社に向かう。。。
手あらって口もすすいで、お賽銭投げて。
なにかお願いしなきゃ
・・・って何を?
罪のない人を救ってくださいって祈るの?犠牲になった人も何も悪いことしてないのに。
だいたいさ、信心深くないのにこんなときだけ神頼み。ってか自分はなにもしない。一番嫌っていた誰かが動くのを待つ人になっているのではないか?
困ったし悲しくなったし気持ちが悪かった。まんま偽善者。いつの間にやら涙でてるし。
テレビではどんどんヒサンな現状が放送されていきます。
わたしはこの光景をちょっとだけ知っています。阪神大震災を経験しているので。
幸いわたしが住んでいた家は半壊ですみましたが、水ガス電気がない寒い不安な夜を知っています。
家が、ガラクタ?砂?埃?になったのを覚えています。
地震がくる数週間前に引越しをしたのですが、前の家の地区は散々な状態でした。(高速道路が倒れてたところですね)
小学校ではテントを張って、美術室が遺体安置所になっていて。みんな塞ぎこんでいて。
そういうのが、ぐわっと思い出されました。
いかんいかん、とりあえず自分にできることは節電か?
そう思ったわたしは、布団にくるまって間接照明一個でパソコンつけてじっとしてました。
そしたらどんどん暗ーく寂しく悲しくなる。。。頭の中大混乱です。
テレビがいらついてしょうがなかったです。
もともと、テレビは嫌い。
今回も最低だと思った。テレビ会社のほうができることたくさんあるでしょう。
批判することと、弱者?を取り上げて伝える(笑)のが仕事だと思ってんでしょうか。
夜には父や姉が電話をくれましたが、昨日とのわたしの違いに驚いてました。
そうとう暗かったんでしょうね。
そんな感じでほとんど誰とも言葉を交わさずに週末は過ぎるのでした。
つづく。