地球に遊びに来ました

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もう好きなことしかしない

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小学生の頃、自分の長所と短所を書く宿題が出て

 

毎日のように叱られていた為に、長所なんて出てこなくて…でも、宿題を仕上げたいから困って、親に聞いたら

 

「おまえに長所なんてないよ(笑)」

 

って言われて、それは冗談だったのかもしれないけれど。

 

その宿題をどう終わらせたのかは覚えていない。

 

ただあの時から、

(毎日のように叱られていて母は私のことが嫌いだと思っていたし)お腹を痛めて産んだ母親にすらそう言われる私はきっと、母ですら愛してくれないのなら、外の人には愛されないと思いこんでしまってそれが前提になってしまった。

だから誰にも愛されない世界をずっと見続けていた。

 

 

それと前後して、

私、習わされていたピアノが嫌で嫌で。

 

なんでこんなに嫌なのにやらなくてはいけないのか親に聞いたら

 

「お母さんはこどもの頃貧乏でピアノできなかったから」

(今だったら「は?自分がやりたいなら自分が習えよ、今から」って言うんですけどね)

 

そのときはめちゃめちゃ純粋なこどもだったので、不幸にも、ああそうか、私の人生は母親の第二の人生として生きなければならないんだという前提(思い込み)が出来てしまった。

 

それからは思考停止して、母の好きなことをひたすらリサーチしてその通りに動こうとしていた。

動けていればまだ救いがあったと思うんだけど自分がやりたいことではないからたいていうまく行かないし楽しくないしで毎日死ぬことを考えていた。

 

もうね、思考が、

母が好きなものは私も好き!(本当は嫌い)

母が嫌いなものは私も嫌い!(実は私にとってはどうでもいいこだわり)

そうやって生きてきた。

自分の考えなんて押し殺してマヒさせて疑いすらもってなかった(だからどんどん現実がやばくなっていった)

 

暗黒時代すぎる。

 

ただ、私はあの頃の小さな何も知らない、母親の歪んだ思想をこの世界のルールとして信じてしまったこどもではなくて。

そしてブログで!しかも無料で!!!欲しい情報を発信してくれる人がたくさんいて。

最近やっと自分で考えて歩き始めている気がする。

 

でもま~、この二つの事件はほんとまだトラウマだわ。もしかしたら根っこにまだ何かあるのかもしれないけど。

ただ、こんな親に育てられてなかったら私は私を深掘りしようともしていないだろうし、毎日のことに一喜一憂して「上司がサイアク」とか「こんないやなことがあって~」みたいなことをいう側の人間になっていたかもしれないなとは思う(とは言え感謝はまだできないカーッ(゚Д゚≡゚д゚)、ペッどちらかというと殺意がわく)