先の記事で、古事記、日本書紀を記すにあたって、仏よりも前に神が存在する必要があったと書きました。
+αの理由として中国の存在も欠かせないと思います。
「当時の日本が中国とその成り立ちをどこまで知れていたのか」を確認する必要があると思いますが、
考えるに以下は知っていたのではないでしょうか。
・400年漢という国があった。その起源はBC200年頃まで遡れる。
・漢の前に秦という国があった。
・秦という国の前に色んな国があった。
プロパガンダを書くにあたって、隣の国は国として1000年近く遡れるのに、神がそれよりも後に現れるのは変ですよね。
初代天皇の神武天皇は橿原(辺り)に地を得て後の大和政権の基礎を作る(ったと思われる)のですが、
先の仁徳天皇が第16代で300年代後半です。
素直に15代×12~15年で計算すると約200年前、100年代後半になります。
そもそも的な話を言い出すと考察の意味がなくなってくるので困ったことになりますが、
国同士が栄えた後、戦乱の時代におよそ近い頃と言えますので、前向きさは必要ですが違和感ない頃合だと言えます。
神武天皇の実際の年代は100年代後半ではないでしょうか。
神武天皇は橿原を得て戦乱を勝ち抜いた。ではそこに東征は本当にあったのか?
ブログの冒頭にも書いてますが、実際は無かったと考えています。
考察の部分は後に書きたいと思いますが、理由としては大きく2つあります。
・東征の必然性、また結果的に橿原を得られるまでの必然性が見いだせない。
・中国には西征がある。
です。
当時の人たちにとって漢は偉大な国です。
その漢の礎を造った劉邦は秦を滅ぼすために西へ西へと征し、神の地を得て漢を造ったのです。
たまたま最初に橿原に国を構えて今(700年頃)に至るよりかは、
東へ東へ征して、神の地を得たストーリーがあった方がプロパガンダとしては箔が付きますよね。