今、「金持ち父さん 貧乏父さん」という本を読んでいる。

お金の教育をされていない私たちに、
お金とは、資産とは負債とは、ということを分かりやすく教えてくれる。
とても、わかりやすく、自分の常識をひっくり返される内容だ。
持ち家は資産ではなく負債である。
というのは、驚きて、きちんと納得のいく説明をしてくれる。


で、お金を得るために働くのではなく、
お金を働かせろ!と著者は言う。
そこでいろいろ考えてのだけど、つまり、投資が必要で、それが、不動産なのか、株なのか、はたまた違ったなにかなのか。
将来、年金を貰えるのかさえ、疑わしい昨今、
生産手段を持っていることが最強なのかも。


お金を働かせたところで、お金で買えるものには限界がある。
不労所得を得た上で、やはり、生産している。
その生産はやっぱり食べ物なのかなっと思った。



ただ、不労所得の得る手段も曖昧で、それを得るための資金もまだまだ貯めなくてはいけなくて、
そもそも、本も読みきってないから、
本を読みきって、試行錯誤で、貯めて、運用して、そして、運用するにしても、もっともっと、勉強がいるから、いろんな理論とかアイディアとかもろもろすっとばしてるけど、


最後は食べ物を生産する手段を持つことなのかなぁと。
で、近所の人と物々交換とかして、助け合っていきる。
所詮お金で買えるものは限られている。
食の安全性が叫ばれる昨今、食べ物を生産する手段をもって、
不労所得があるって、やっぱり最強。
で、きっとこーゆーの、ある程度の人は思い付く。
で、実際、実行するのって一握りなんだろーな。


まっ、私も母方の実家が農家だか、ラッキーだなってことで。おわり。
19歳だった私は将来幸せになりたかった。
漠然と、将来の幸せを誰かに約束してほしくて、なにかもっと確信して幸せを約束されたくてたまらなかった。


だから、幸せになるための幸せ関連の本をとにかくたくさん読んだ。
まぁ、結局 [気の持ちよう]ってことで、
それでも、結構、親切で、
例えば:物事は自分でなんとかできる範囲とどーにもならない範囲があって、自分でなんとかできる範囲に目を向けよう!ってことで、
自分でなんとかできる範囲って、つまりどこ?っていうのを列挙してくれたりした。


で、やっぱり、本を読んだところで、なにがどう転ぶわけでもなく、
でも、読んだ本全てに納得はいった。
[幸せ]ってなんなんでしょう?


タモリさんは
現代人は、幸せになりたすぎ!って半ギレしてたっけな?笑

ずっと考えて考えたら、
ソクラテスの、合理主義にであった。
・正しいことを知っている人は正しい行いができる。善いとは、どいうことか知っている人間は善い人になれる。


つまり、私は、私にとっての幸せって何かを全く理解してないなって思って、
いろいろ考えてみたら、いくつか浮かんでも、
じゃぁ、その望みが全て叶えば幸せか?満足なのか?と問えば、
腑に落ちない。素直に頷けない。違和感。
で、そのうち幸せって実態のないものなんだろうなと。
つまり、[私の幸せ]がどういう状態なのか、私はわからなくて、それで幸せを望んでも幸せにはたどり着けないってことなんだな。
だったら、きっと、幸せは瞬間的なものでしかなく、私がなりたい幸せは存在しないだろーなって。




幸せって、ないんだなって思ったら、
幸せになるための法則も習慣も全てがばかばかしい。
じゃぁ、どこに向かってどう進んで行くのか、
どうしたら、前向きになれるだろうと思ったら

それは、もう自己実現だけなんだろーなと、
そこには約束された確かな未来も安定もないけれど、一歩一歩自分が望む方に進んでいくしかないのだろーなと。


漠然と、私が望んだ幸せは、何割かてを抜いて、それでも、結構、満足のいく人生を安定して送りたかったんだと思う。
幸せなんてない。法則も習慣もない。
今何をやるべきか?ってことただはっきりとさせて、逃げ出さずに一歩一歩進むだけ。