第一章 -湖都-
夢国-水と都-
俺はある夢を見た。緑と水色で埋め尽くされた広大な自然。
底まで見える、透き通った湖と、周りを覆い尽くす針葉樹が俺と湖を囲んでいた。
橙色の木漏れ日が爛々と降り注いでいる。湖にも反射している。
俺は湖の前でしゃがんでいた。多分、何か考え事でもしてたんだろうと思う。
水に指を突っ込んでは、水の作り出す波紋を眺めていた。意味は無い。
次第に波紋は大きく広がっていった。波紋が消えるとまたすぐに指を入れた。
どのくらい時間が経ったのか?そんな問いかけには何の意味も無い。
湖の真ん中に子鹿が現れた。透き通っている体はピクリとも動かない。
水の上に立っていた。幽霊だとも思ったが、そんな物、俺は信じていない。
俺は水を掻き分けて子鹿に近づいた。子鹿はスッと顔を俺の方に向けた。
俺は歩みを止めた。子鹿は俺を見つめている。俺も子鹿を見つめている。
沈黙が続くと、子鹿はスッと上を向いた。太陽を直視した。俺は子鹿を見つめている。
子鹿は湖に沈んでいった。大きな水の波紋を残して子鹿は姿を消した。
俺は子鹿に駆け寄った。子鹿の姿はもう無く、消えかかる波紋だけがある。
俺が湖の真ん中に到達した時、思わず太陽を見上げた。不思議と直視してしまう。
俺は湖に沈んでいった。太陽が水で揺らめいている。
いずれ太陽が見えなくなった。下を向くとたくさんの子鹿が水底に立っている。
俺の思いこみだろうが、子鹿の顔は皆、笑顔に見えた。
「ようこそ湖都シリウスへ。これからは僕達と一緒に生きていこうね」
子鹿はそう言って俺を光のある方に導いた。太陽よりも眩しい光が俺を襲った。
しかしまた直視する。目を背けようとは思わない。光が俺を包み込む。
光から手を差しのばしてきた。誰かはわからない。でもそれは確かに人間の手だった。
無意識に俺は手を差しのばした。光の手は俺の手を掴むとグッと引き寄せた。
光を抜けるとそこは・・・・・。
俺・・・主人公。フォート・クリファーが本名だが、人にはフォウと呼ばせたいらしい。冷静な判断が下せる少年。性格や見た目の良さから女性にもてるが興味は無い。
湖都(コト)シリウス・・・夢見の湖からしか入る事の出来ない都。どこかで地上と繋がっているのだが、どこかは不明。海国(カイコク)を形成している街の一つである・
海国・・・六角形の形をした巨大な海中王国。規模は不明。
気が付くとそこは、ハワイアンブルー満開の大きな場所だった。
中からは、ドーム型を感じさせる作りで、恐らく外から見てもドーム型だろう。
小さいパネルが規則正しく並んでいて、全てのパネルが淡い青色を発している。
人はいなかった。でも動物はいた。たくさんいた。子鹿では無かった。
犬っぽくて猫っぽくもある。キツネっぽくもあるし、鳥っぽい感じもある。
その辺をフラフラと飛んでいる。決して速くはないし、安定もしてない。
するとドーム型のこの部屋の一部に穴が開いた。長方形の大きい穴だ。
それは、扉だった。奥も相変わらず淡い青が続いている。奥にすぐ扉がまたあった。
よく分からない犬猫キツネ鳥が扉を抜けて扉に向かった。次々に行った。
俺もついて行く事にした。なんせ出口らしい扉はそれしか無いからだ。
何十匹といる変な生き物の群れに、人間が一人ついていく。人間は俺だ。
扉にはすぐに着いた。変な生き物は扉の右脇に付いているパネルをいじっている。
よく見ると、変な生き物には3本の指が手足に付いていて、器用に動かしている。
しばらくして扉が開いた。これもさっき同様、大きな扉では無い。
群れが扉の奥に吸い込まれていった。やがて中が見えてきた。
そこは先程いた場所となんら変わりない風景だった。
ドーム型で床も天井も全て淡い青色のパネルで構成されている。
ただ一つ違う所。それはとてつもなく広い事だ。さっきの百倍はあるに違いない。
しばらくは動けなかった。普段、こんな景色を見ることは無いし、こんな建物も絶対に無い。正に夢のようだった。
中にはさっきいた数の何十倍という量の『あの』生き物がフラフラ飛んでいた。
人の姿は見えなかったが、やがて一人の老婦人がやってきた。
「おやおや、お客さんですか?」
優しい口調で聞いてきた。思わずつられてしまいそうになるほ満面の笑みだった。
「いや、客では無いんですが・・・」
正直に言った。不安そうな顔をしていたのか、老婦人は気使ったらしく、
「まずは私の家に来ませんか?・・・私は、ここの案内人のシバウと申します」
この巨大ドームに入ってすぐ左に見える小屋に入った。私の家です、と言われた。
木造で、十二畳のワンルームだった。シングルベッドにイスに丸テーブルが綺麗に並べてある。他には、旧式の冷蔵庫に電子レンジがキッチンに置いてある位だった。
生活していけるレベルだった。生活だけしか出来なさそうでもあった。
「す・・素敵なお部屋ですね・・綺麗にまとまっていて」
思ってもいないお世辞を言ってみた。シバウさんは笑顔で会釈してくれた。
「先程、お客さんでは無いと仰いましたが、どういう事なんですか?差し支えなければ」
優しく聞いてきた。この人なら話しても損は無いと思い、全て話した。
気が付けば湖にいた所から、変な生き物に会うまでの事を。
「まあそれは・・・大変でしたねえ。あ・・今お茶を入れますから待っていてくださいね」
俺はお構いなくと言った。もちろん聞いていなさそうだった。
何もする事が無いので、とりあえず部屋を見回してみた。特に変わったところは無い。
窓が一つあったので外を覗いてみた。変な生き物がわんさかいた。
人間もポツポツといたが、みんな水の上に浮いていた。変な乗り物に乗っていた。
シバウさんがお茶を二つ、お盆に乗せて持ってきた。湯気がモクモクとたっている。
「どうしましたか?おいしいお茶が入りましたよ。この国独特のお茶で、山葉と海草を渇かして、ブレンドしたお茶です。香りがとてもいいんですよ」
礼を言って一口飲んだ。思わず二口、三口飲んだ。とてもおいしかった。
「とりあえず座りましょうか。立ったままお茶などお行儀が悪いですよ」
一礼して椅子に座った。またお茶を二口飲んだ。
「先程のお話の続きをしましょうか。何故ここに来てしまったか。あなたにしていただいたお話だと、『導かれた』というのが打倒でしょうね。普通なら、絶対に来られない場所です。特殊な方法が必要とされますし、巨額の資金も必要です」
黙って聞いていた。お茶を二口飲んだ。もう中身は無くなった。
「そしてあなたのお話した『子鹿』ですが、この国では子鹿を神獣と呼び、奉っています。もうお目にかかることは滅多にありません。七十年生きてきた私でも一度も見た事が無いんですからね。大変貴重な体験をされたんですよ」
正直、どうでもいいと言った感じだった。俺が聞きたいのは、どうやったらここから出られるのか、と言う事だ。あの子鹿は何なのか、という質問をした覚えは無いんだが。
「はあ・・・。それと、どうしたらここから出られるのか、知っていますか?」
それとなく聞いてみた。シバウさんは少し困った顔をして、
「残念ながらここから出る方法は知らないんです。私は生まれも育ちもここですし、ここから出たいと思った事は一度もありませんからね」
俺は、そうですか、と言い下を向いた。顔を上げてと言われ、顔を上げた。
「方法が全く無い訳ではありません。私は方法を知りませんが、方法を知っていそうな人は知っています。私の夫なんですけどね。遠く離れた地に住んでいます」
呆れた顔をしたシバウさんは、少し黙ってこう続けた。
「水聖地アトランティスという場所です。そこで牧師をやっているんです。結婚当初は私も向こうに住んでいましたが、どうしても向こうの生活に慣れなかったんで、こっちに戻ってきたんです。今ではすっかり別居状態です。もう三十年も。・・・ああ、これはあまり関係無いですね。とにかく私の夫なら知っているかもしれません」
懐かしんでいるようだった。シバウさんは微量の涙を流して、すぐに拭いた。
少し間を取って、頃合いを見て切り出した。
「その旦那さんと連絡って取れないんですか?電話か何かがあれば助かるんですけど」
ここに電話が無いのは知っていたが、一応言ってみた。
案の定、電話は無いです、と断られた。私のような一国民は、電話を持つことは許されない。昔、通信を巧みに使った犯罪が起こっていらい、国に認められた人しか電話や通信器具を持ってはいけない。そしてこの国には、通信器具を設置した場所は、国の中枢、制令棟にしかないと言う。
「今から行きましょうか。ここからなら十分くらいでいけますよ」
そう言われて、小屋を出た。外は相変わらずの明るさだった。もちろん淡い青色で。
「ここはいつでもこの明るさですよ。年中無休でライトアップされています」
