去年の暮れに6ヶ月ぶりに床屋へ行ったときの、ご主人との話から。
 昔子どもの頃は、正月鏡餅が来るのが楽しみだった。それは、旨いものが食えるし、自分のために時間を使うこともできるから。それが数少ない、贅沢なことができるとき、だった。
 今はどうなんだろう。子どもたちは、やはり正月を楽しみニコニコにしているのだろうか。
 いつでも、そこそこ旨いものは食べられるし、洗濯機や掃除機など文明の利器の活用で、家事の手伝いに割かなければならない時間もそう多くは無くなってきているし。昔の正月並みの過ごし方が、ほぼ日常化しているんじゃないか…。
 私は、ご主人ほどの年配じゃないし、子どもでもない(頭はこどもかもガーン)のですが、やはり子どもの頃は正月を楽しみにしていました。普段とは違うワクワク音譜がありました。今は、(当時と同じ感受性を持ち合わせてはいないだろうから)公平には比べられないとは思いますが、日々が贅沢になっていると感じます。これは、子どもだけじゃなく大人も。
 文明ひらめき電球の発達で便利になることは良いことだったのかも知れませんが、便利さの中に浸り過ぎて感覚が麻痺し、必要以上の便利さを追求しすぎているところもあるように思います。
 贅沢を辞書で引いてみると「分不相応な消費や行ない」とあります。
 地球上に暮らす、居る、在るなどの権利を持っている全てのものからみた人間の『分』からすると、贅沢極まりないように思います。どんどん焼きお団子をほぼ昔どおりの日程、やり方でギリギリ出来ていた頃の不便さは覚悟します。得意げ
 今朝車で通勤途中、カラスを見かけました。
 ゴミ集積所のブロック塀に2羽のカラスが、一間(約180センチ?)程の間を空けて、塀の端と端でお互いにキョロキョロしていました。信号待ちの間様子を見ていたのですが、1羽がチョンチョンと横移動を始めました。すわ、愛ドキドキの告白かと注目していると、あと30センチ位のところで塀の後ろ側に飛び降りてしまい、ゴミ袋の方へ回って出てきました。
 カラスくんは、胸がドキドキして、告白へのあと一歩が踏み出せなかったのでしょうか。食べ物の取り合いに先手を打ったのでしょうか。
 私は、カラスというとあまり良いイメージは持っていなかったのですが、密かに応援していたアイドル(の卵?、原石?)がカラスが好きだと言っていたことから、カラスには目が留まる目ようになっていました。よく見ていると、カラスくんへの悪いイメージは失礼だったように思います。
 先入観や、ちょっと見ただけの行動でカラスくんのことを判断しない方が良いようです。
 私が子どものころは、「どんどん焼きは~14日音譜、あ~めが降ったら15日音譜」というような歌があって、曜日に関係なく、その日の早朝暗いうちから始めていました。
 そのための、お飾り集めや、おんび作りは、学校が冬休みの間にやりました。
 最近は、14日に近い土日に「どんどん焼き」をやるところが多いようです。その準備も一週間前の土日、場合によっては、本日(ホンビ)の前日目とか。
 このような伝統行事は、本来、そのいわれ、意味があって、やる日も限定されるものだと思います。自分は、その当時、いわれ等も聞いていたのかも知れませんが思い出せませんガーン
 親の都合、子どもの事情等で、昔どおりに伝統を継承するのは難しくなってきていると思いますが、ここでもう一度、本来の意味を調べてみたいと、出来ることならば、昔どおりにほんに戻せないかなと感じました。
という諺を昨日誰かのブログで見ました。
 ガスの使用料金の口座引落としが出来なかったガーン、という連絡が昨夜あったということなので、早速今朝、納めに行って来ました。
 休日の私にとっては早起きです。
 運動不足を解消するためにガス会社まで歩きましたが、思ったより近くて運動には物足りないので、そのまま河川敷の方を回りました。
 その途中、草むらから野鳥が飛び立ちました。背中がきれいな瑠璃色!!。一瞬「かわせみ」が頭に浮かびました。ワクワクです。しかし、実物は未だ見たことが無かったので、帰宅後、ネットで調べてみました。
 かわせみ音譜のようです。その他にも、川を潜る鳥や、鷲の様な鳥、色々な鳴き声に出会いました。
 楽しく歩くことができました。また、早起き(今度はもっと早く)をして行ってみたいと思います。
自分に似せて作るのかな?自分の願望の姿に似せて作るのかな?別にこだわり無く作るのかな?…しょぼん
私は、できるだけ自分に似るように作ったんだけどなぁ…ニコニコ
ほかの人のピグは、皆、格好いいし、可愛いよなぁ…ラブラブ!
まぁ私のピグも格好いいなニコニコ。うんにひひチョキ