今年も県外に住む姪からと娘夫婦から、お花を頂きました。


姪は自分の母親はいつもでしたが、県外に引っ越してから毎年、私にもおくってきてくれます。
本当に有り難いことです。


なんと言っても、花は気持ちを和ませてくれますものね。


遠くに離れていて、いつも会えない母親に、1年に一度お花を贈る母の日は、よいな~と思います。


私の娘は、いつも近くにいて、何かと気を使ってくれるから、特別な日として、お花をいただくのもなんか申し訳ないような気がしますが、やはりお花を頂くと嬉しいものですね。


そんな私もカーネーション等を買って、今年は、下手なりにアレンジメントを作って、母のところに持って行きました。


ベットから少し離れた場所に置いてますが、
何となく母の日がわかっているのか、定かではありませんが、お花プラス歌を一曲母の好きな歌を歌って帰りました。

ちなみに、岸壁の母です。
私の知り合いに、色々変わった人達がいます。

身近なひとは母と姉達。
以前聞いた話ですが、人魂はよくみてたと言います。

母が私に、今みたかい?と言いますが、私は全くわかりません。
死んだひとの姿もよく目撃した話をきかされてました。

38才で亡くなった姉は、手に金粉が出てたそうです。

残念ながら私は亡くなった後から母に聞いたので、実際みてません。

一番上の姉はお隣の家が、二回も火事になったのですが、火事の一週間前から毎晩火事の夢をみたそうです。
この火事の後すぐ、脳卒中で姉は倒れました。今は車椅子の生活です。


親類の甥の男の子2人は、実家にくると仏間に二人おじさんとおばさんがいる。

床の間の前に、おじいさんがいる。と言ったりしたから、ビックリしました。

甥のお嫁さんに、本当に見えてるの?と聞いたら、本当です。と言います。ただ子供達にあまり聞かないでくれと言われてしまいました。

あと死んだ猫が廊下をウロウロしているとも言ってました。

奇妙な話でした。


最近では、母の施設で一緒になる方で、毎日施設にお父さんをお見舞いにこられてる方ですが、お葬式にいくと、知らない方なのに遺影の方が見えるというのです。


あとは、友達によくUFOをみるというひともいます。


あと死んだ方や写真をみるだけで、相手の想いや生活を透視できる方もいます。


残念というか、普通というか、私は全く霊もUFOもみたことはありませんが、気配とか可笑しいな~という感覚は味わったことはあります。

霊が見えるのは、動物霊?が悪さをするとか悪魔が見せてるとかいう説もあるようですが、不思議は不思議ですよね。


科学では、まだまだ立証出来ないことたくさんありますが、見えないものを信じることが出来る人は、神様や愛や希望や夢を信じることが出来る気がします。
今までに出会った宗教は数知れず、本当に街を歩いていても、職場でも、自宅でも、嫁ぎ先でも、友達もあきれるくらい、またあなただけ声をかけられたわね~!と言われる始末です。


そんな中で、私が関わったのが、仏所護念(仏教系)天聖審美会(神道系)エホバの証人(キリスト系)です。


それぞれに興味深かったのが、やはり奇跡を見せられたことです。

お経をあげると、ろうそくの炎が高くあがり、コップに水をいれると、コップのうちがわに泡がたくさん出来るのです。
親孝行と先祖供養という言葉にひかれ、身延山までのぼるまで、毎日お経をあげました。

日曜日に教会へ行き、色んなお話しを聞いてた時、選挙の話がでました。
その帰り道にこの宗教から手を引きました。私は宗教と政治が結びつくのはおかしいと、その時単純に感じたからです。


次に興味がわいて、入信したのは、手をかざし、浄霊なるものをするものです。


実際、入信してすぐ私の斜視がなおり、びっくりしたものです。
私にこの宗教を勧めてくれた方は、がんを甥が浄霊で治してくれたから入信したそうです。

ただ私は仕事を休んで、毎月決まった日に参拝してお金をやや強制的に集めることに疑問があったのと、入信を勧めて行く上で、勧めた方が入信しなかとたあと、がんや事故で亡くなったことを知り、何故もっと強く入信を勧めなかったのかと、自己嫌悪に陥り、また多くのひとに、勧めることが出来ない自分に落胆して、やめてしまいました。
ちなみに、斜視は10年たってから、再びもとにもどり、現在もなおっていません。


最後に母を家で介護している時に、やさしいエホバの証人の方と知り合い、聖書研究を始めました。


先祖供養が偶像崇拝だということが、結局私の心には痛く、やめました。


母は昔朝、太陽に向かい手をあわせていました。

父は先祖四代の命日とお盆とお正月には、スーツにネクタイをして、生きてる人間と同じように、玄関を開け、お迎えをして、お酒をつぎ、食物に箸をそえて、最後はご飯と汁をつぎ、水をあげて、位牌に向かい、深々と頭をさげて何度かひざまつき、礼を尽くしていました。


女は参るものではないと言われてましたが、現在は父も40年以上前に亡くなり、母の後は、私が簡単にですが、精一杯父と会ったことのない祖父母と祖父の先妻さんの法事を旧盆と旧正月にしています。


目に見えないけれど、実際生きていた方々です。


今私がここに存在してるのは、ご先祖様と身近な祖父母や両親のおかげなのです。


色んな宗教に接して、それは無駄ではなかったと思います。


最後は父と母と同じ、先祖供養と太陽や自然のすべてに感謝して、今、生かされてることに、毎日感謝です。