夢、最近よく目にする文字だ。
夢と聞くと昔を思い出す。
中学生時代、ライトノベルにハマり、小説を書く楽しさに気付いて、
「小説家になりたい」
と言ったものだ。
その言葉を言った瞬間、母の顔が一気に渋くなったのを覚えてる。
そして、その後に説教された。
現実を見なさい、と。
中学の担任は応援してくれたが、母には勝てず、諦めるしかなかった。
最近まで、論破しかされた記憶しかないのだから。
その後、情報系の専門学校に入って小説への夢も再熱するが消えたな。
たぶん一つ一つの話がこりすぎて、最後まで書く力が残らず途中で終わる。
そして、高校時代では、高一の時に出会った社会の先生の影響で、
世界史が好きになった、少し触れただけだが、哲学も好きだった。
その先生は平成の世で珍しいほどの破天荒で情熱のある先生だった。
元々ストーリーが好きな自分にとって、その時代の色んな話が好きだった。
それで、もっと学びたいと思いもう一つの夢が出てくる。
「大学に行きたい」と。
ただ、母子家庭に生まれ、兄は奨学金で大学に入り、余裕がないのは知っていて、
(まぁ、その後に妹も大学に入った訳だが)
しかも世界史は石川の大学で希望する大学もあまり無く、県外なんて以ての外だったからこそ諦めた。
こう、自分を振り返ってみると。
家族を言い訳にして諦めてるな、って。
自己表現が苦手だった自分にとって活字好きで物知りな母は強かった。
しかも、母は正論を押す傾向があり、ちゃんと話せるようになってから苦労した。
そして、夢を忘れ、仕事するとやはり思う「勉強しとけば良かった」
小さい頃から嫌という意思だけは強かったせいか、勉強関連は国語、数学(てか算数)諸々は全滅である。清々しい程に。
学生時代は無理にやらされているとしか思えなくて全然していない、ガチで。
でも今は必要だとわかるからこそ、勉強が楽しく思える。
色んな知識をもって正しく使いたい。
小説を書くことも好きだが国語が苦手なばかりに文章の作り方がおかしいと指摘された記憶もある。
でも学べば色々広がると思えば面白い。
そんな事を思っていると大学の話が舞い込む。
そこは健康関連の学部だが、凄く唆る。
話を聞いた瞬間「入りたい」と思った。
不健康だったからこそ、健康の大切さを知ってるし。
最近勉強しまくってるのも健康関連だからだ。
学部の話を聞いて持ち帰ると「高校生だったら入りたいよ」という、本音が漏れた。
その瞬間、「まだ諦めるの早いんじゃない? 社会人でも入れるんだし」
聞いて、目が点になる。
それもそうだ。可能性はゼロでは無い。
小説の事だって、今は共に考える人もいる、創作意欲を湧かせてくれる仲間が。
そして、久々に書く楽しさを思い出した。
思考型で脳内に沢山の文字が浮かぶ自分のだからこそ書ける話がある。
その文章で誰かの心を動かせたなら、こんなに嬉しいことは無い。
なにせ、感情が無かった自分の心に彩ってくれたのだから。
夢を語ると、心の中であーだこーだ言う自分もいる。
残してきた宿題があるのだ。
自分の体のこと、お金の事。
でも、その宿題をさっさと終わらせる事が出来たなら、
やりたい、諦めたくない。