自分の心地よさやリラックスにフォーカスして
毎日快になることばかり考えていたらすごいことが起きた。
好きなヒトができたのだ笑
この数年間そんな感情が湧いたことなんかなかった。
むしろもう封印しかけていたからね。
年齢も年齢だし、とか。
いまもそんな声はどこからか聴こえてくるんだけど
この、好きっていう感覚って堪らないのだ。
おなかの、どこからか湧き出る感情。
これこそ心地いい感覚。
そう考えると
やはり感情は先出しなのだなあ、とまじで思うのです。
これをほんとうに体感できるようになるまで
わたしは数年かかったのだけれど
これは必要な期間だったのかもしれないと
まじで思うんです。
今はね
オトナになるにつれ
世間の常識や一般論に沿って生き始めるにあたって捨ててきた
ワタシの大切にしてきたものを思い出し拾い上げるという作業をこつこつしてる。
ほんとはこうしたかった、ってことって
まじでたくさんあるんだよね。
そんな小さなことを、こつこつ砂の中からほじくりだして磨いてる。
自分を大切にする、ってさ
自分の感覚や好きなもの、嫌いなものを
いっちばん理解してあげるってことだと思うの。
そしてね
成長するにつれ蓄積された知識や常識や経験をもとに出来上がった理想とする自分もいてさ。
過去や未来を想像していろんなことを言ってくれる自分もまた、大切にしなくちゃいけないんだよ。
それを、好きなヒトが教えてくれたのです。
彼は
魂の器としての自分と
魂(本質的)な自分
常識的な物質世界の自分っていう
3人の人格と仲良しなんだって
全くスピ的な要素はない人なんだけれどね。
子供遊びの延長でずっとそうしてきただけらしい。
そんな自分の中の3人でクリエィションしてる
まじですごい人。
恋というより人間的なリスペクトの方が強いな。
こんな人に出会ったのは生まれてはじめてかもしれない。
しかもさ、恋が叶うとかそんな次元じゃなくて
まじで存在してくれててありがとうな感じ。
もう、いてくれてクリエィションしてくれてればいいよ。あなたの存在全てがボルテックス。みたいな。そんな心持ちになったことないよ。今まで。
わたしの中でね
この世界は至福で包まれていることにして
毎日感じていたらほんとに世界がそうなってきて
ほんとに現実が変わり始めた。
毎日実感してる。
まじで簡単なんだって。
ただリラックスして
至福を感じるだけ。
それだけで世界が変わるんだよ。
そうしたら必要な情報も勝手に入ってくるし
勝手にいろんなことが叶う。
そろそろまじでみんなにおすすめしたくなってきたよ。