昨日、知人の住所が書かれたメモを棚に探していたところ、去年の夏、東京オペラシティアートギャラリーで開催されたTrace Elements の鑑賞ガイドと、その中で展示のあった古屋誠一の作品リストがクリアファイルに入ってでてきた。



大学時代、カルチャー誌の編集をしていた年上の彼に連れられて行った、青山スパイラルホールで観た古橋悌二の「LOVERS」をもう一度体験することが目的だった。


これはプロジェクターを使った作品なんだけど、展示されている四方を囲まれたスペースの中に、時間を忘れて座り込んでいたこと、好きな人のことを考えるときみたいな切ない気持ちで胸がつまったことを、10年経った今もおぼえている。



10年ぶりの「LOVERS」を、誰もいない部屋でぼんやり観たあとにたどり着いた、古屋誠一の展示がとても良かった。作品リストには、彼の大事な被写体だった奥さんの日記と、それに呼応するような彼のメモが載っていて、それらを読み進みながら観る写真は、辛くてはかなくてでも美しくて、愛情と憎しみや寂しさがぴったり寄り添っているようだった。




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ルイボスティーを飲みながら、作品リストをゆっくり読んで、それから探し物のことはすっかり忘れて眠ってしまった。

先月、山菜取りが趣味の父から届いた根曲がり竹。

その少し前に、旅行で行っていた沖縄から、両親宛に色々とお土産を送っていたので、そのお礼とのこと。



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皮を剥くとこんな感じ。プリプリ新鮮。



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茹でてお味噌汁の具にしたり、炒め物にしたり、皮付きのまま網で焼いて、塩やマヨネーズ味噌で食べたり・・・。


旬のものを食べる幸せを数日の間楽しんだ。


甘くて少しえぐみのある竹の子を食べながら、近頃は、

「本当に今の時期しか食べられない」

食べ物がほとんどなくなったことを旦那さんと話す。

美味しい竹の子に、山に、父に感謝だなあ。




ある日の晩御飯。



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図書館で予約していた本が、いちどに揃ってしまった。

それぞれ、予約の順番が3番目だったり7番目だったり11番目だったりしていたのだけど。

それが急に手元に集まると、自分が選んだものなのに、そうじゃないように思えて面白い。


「食べ合わせ」があるように「読み合わせ」がある。

読書には流れがあって、例えばある本を読んだ後に、その作者が短編を寄せた文芸誌を読み、その文芸誌に載っていた別の作家の短編が面白くて、そうしたら長編が出ている知り、それを読んで、気に入ったことを友達に話したら、「それならきっとこれも好きだよ」と勧められた本を読む・・・みたいな。



今回、いちどに揃ってしまった本はそれぞれが図書館の新着本で、読みたいと思ったものをWEBでポチポチと予約したので、当然流れもなく、読み合わせも不思議。たまにはこんな読書もいいなと読み始めている。



ちなみに4冊のうちの2冊がこれ。



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この週末、家で聴いていたのが

BASED ON KYOTO「BASED ON KYOTO」




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金曜日、一緒に餃子を食べた友人からいただいてから、

ずっとプレイヤーの中。


浮遊感がありながら、ビートがタイトでカッコいい。

そして音に湿り気があってセクシー。

東南アジア方面に旅する機会があったら是非もっていきたい。

Sly MongooseYann Tiersen が好きな人なんかは

きっと好きじゃないかな。

(ワタシがそうだからなんだけど)


どんなライブをするんだろう、観てみたい。


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金沢に住む友人から届いた諸江屋のLa・Kugan

東出珈琲店 のオリジナルブレンド。


このココア味のらくがんは、ほろほろと口の中で溶けて

すっきりとした甘さが舌に残る。

その感触を何度も味わいたくて口の中に次々と・・・、で、

あっという間に完食。



ああ、幸せ。