SYN起業体験記 -2ページ目

遺書を書いてみる

お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。

2017年がいよいよ始まりました。
気分は全く優れませんが、2017年です。


さて、タイトルは変な誤解を生みそうですが
以前より生きる上で
遺書って必要だな、と思っていました。
万が一への対処をしておく、ということかな。
生きる上で背負ったものの再確認の意味も
多分にあるんじゃないかなぁと思います。


ていうことで2017年の抱負とかは置いといて
まずは状況整理として、遺書を書く。


※以下は不測の事態で死んだ場合の遺書です
遺書 2017年1月3日

おそらくこちらが最新版です。
状況が大きく変われば更新します。

親族が読んでいると噂を聞いているので、
何かあれば本記事をご参照ください。
※今はピンピンしてます

①情報伝達について
取締役の色部さんに連絡して下さい。
携帯に連絡先が入っています。
社内の情報は原則として共有していますが
最悪パソコンを渡せば事足りるはずです。

友人関係は、死亡した旨を
ラインとFacebookに投稿して貰えば
普通に伝わるはずです。

②葬儀について
個人的に葬儀というのは、
残された人のためにあると思っています。
なのでそんなにこだわりはないですが、
それじゃ困るよという場合は
なるべく身内だけの静かなものを望みます。

③その他事項
不測の事態で死んだとなると
さぞかし可哀想と言われるでしょうが
その点についてはあまり考えないで下さい。
ただし植物状態等における不要な延命は
周囲に負担をかけない範囲でお願いします。


④書いてみて思ったこと
案外生きる上で背負っているものは少ない。
思っていたより大分、自由だった。
もしかしたら遺書を書くことって
自殺防止の一助になるのかも、と思った。


⑤最近の想いと2017年の抱負
日本は言葉や思想で人を縛ろうとする
責任感やら何やらも、うまく使おうとする
なんかやだなあ、自殺率上がりそう

そういうので縛るなら同じくらいちゃんと
生きる意味も与えてやればいいのに。

あと、不満はいっぱいあるけども
公憤はさして無い
ガソリン切れに近い状態なんだけど
小さなことにふと幸せを感じる

2017年はかっこいい大人を目指したいです。
また、情熱を持って臨めることを探すか
もしくは趣味を探したいと思います。


起業はたいてい、アイディアじゃない

8年前、創業時にはアイディアを大切にし
ブレインストーミングとかも勉強して
仲間といろんなことを語った。
それは大事な時間だったと思う。

さて、タイトルのことについて。
僕は起業してからの約8年間で
色んな後輩から起業の相談を受けた。

結論から言えば、
「アイディアより段取りと行動力」。
もちろんたまに、あるんだと思う。
世界をひっくり返すようなアイディアが。
そういうのは今、話題にしない。

そもそもアイディアに隠す期間は存在しない。
即座に動けるものじゃないとダメだ。
そうじゃなきゃ話題程度、妄想程度。

例えばエアークローゼットってサービスがある。
あのアイディア、思い付いてた人なんて
世界に2万人くらいはいたんじゃないかね。

あの社長の何がすごいって、
色んな会社の資本入れて
他では実現しにくい、
高いレベルのサービスを作ったこと。
それを実現するだけの段取り、行動力や交渉力。

アイディアって、起業するときに
たぶんみんな悩みまくる。

それはそれで大切な時間だけど
色んなビジネスをしているうちに
あ、こういうこともできるかもって
発想の幅はどんどん広くなる。


これやったらすごい、で止まらずに
こうやったら実現できるんじゃないか、
やってみよう、という発想をしよう。

多分起業に限らず、
色んなことに当てはまるんじゃないかな。

コラムって難しい

おはようございます。

毎回書こうとはしているんだけど

書けなくて更新がついつい空いてしまいます。

 

コラムってやつは特に難しくて、

考えているうちに調査したい事項が出てきたり、

知っている内容をまとめていても裏付けが欲しくなったり、

100書こうとして1完結すれば良い方なんじゃないかとか

思ったり思わなかったりします。

 

例えばふと「幽霊は科学的にありえない」という

全くもって科学的じゃない台詞をテーマにコラムを書こうと思いました。

だから反証可能性の話とかを丁寧にまとめよう、と。

科学的にどうこう、の話は科学的命題の定義をきちんとしなければなりません。

 

 

 

って思って書き始めるじゃん(丁寧語がだるくなった)。

でもさ、幽霊が科学的にありえないって言ってる人も

別にその幽霊ってテーマが科学的命題になり得るかなんて

どうだっていいんじゃねーのって思うわけ。

 

だとしたら単に気分の問題だから

言葉選びもファッションの1つみたいなもんで

そんなことに目くじら立てる俺どーなの、と。

そもそも昔は科学が好きでオイコラって思ってたけど

別に今前述の言葉聞いても、特に何も思わないし。

(科学を都合良く使うなよ、と思ってたという意味)

 

あと、反証可能性だけで全てを語れるかというと、そうでも無い。

すると自分の知識や考察をもう一歩進めなければならない。

そんなこと考えてると、何も書けないよね。

 

いやー、コラムって難しい。

価値観であまりに大きく左右されるテーマならコラムってよりポエムだし。

(文章がリズミカルじゃなくて文語的でも、それはそれでポエミーだと思う)

 

 

 

そんなわけでコラム第一回は

コラムを書かない言い訳でした。

午前中に全力で仕事します。。。