知恵の輪って 答えが分かってしまうと あっけないものですよね。

 

その”あっけない”はずの答えなのに。

 

その答えに行き着きまでに 

どんなに 頭をうーんうーん唸らせることかチーン

 

でも何かの拍子で 

ハッびっくりと気が付くあの瞬間キラキラ

 

気持ちがいいですよね照れ

 

なぁ~んだ、こんな事か~と

スッキリと脱力するあの感じ。

 

わたしは、いつも”気付く”ということに

知恵の輪の答えを見つけるその瞬間を重ねてしまうのです。

 

つまり、普段通りのフツーの脳の働きをしていたんじゃ

気が付けない 見過ごしてしまう と思うのです。

知恵の輪と向き合うようなつもりにならないと。

 

ポイントとなる部分に、、

この”ポイント”というのは違和感だったり、、

もしかしたら他者からの指摘かもしれないけれど、、

 

じぃいぃいいぃいいいぃいぃっと意識を向けて集中して。

「きっと、ここに何かがある」

「まだ私には気付けていない何かがある」

と、そう知恵の輪を解くときのように対象となることと向き合うのです。

 

するとポンッアップと答えが出現することもあるし。無いこともあるし。

無い場合でも、意識を向けてじぃいぃいっと何かを見つけようと

集中したことが無駄になることは絶対になくて。

必ずそこに何かを見出すことが出来て、

それはわたしの世界を広げてくれたり。

世界が広がったわたしには少なからずの恩恵があったりする訳で。

 

 

この”気が付く”ということを意識的にしようとしていかないと、、

ちょっと、、目も当てられなかったり当てられたり当てられなかったりりり、、ゲッソリ

 

自分自身がとぉーーーーっても窮屈な世界で

窮屈な生き方をせざるを得なくなってしまうんではないかな、と。

 

他者とのすれ違いとか衝突とか そういった事も起き易くなっていったり、、。

 

友達夫婦の話しを引き合いに出すのは、少々気が引けてしまうのですが。。

 

わたしの友人の旦那さまには、

ご自身の本当の問題が妻(わたしの友人)には無い

ということに どうか気付いて欲しいなぁと思う今日この頃で。

 

友人の旦那さまでなければ、

わたしのカウンセリングを是非にとも受けて欲しいところなのですが。

 

ルール的にそれが出来ない関係にあるので。。

 

いつの時代だって、どんな関係にあったって、

自分の意のままに操れる人なんて存在したためしが無いでしょう汗

 

絡まった糸をほどいていくその最初の一歩として、

まずは、ご自身を正面から真っ直ぐに見つめてみる、

ということをして頂けると良いのですが。。

 

聞けば聞くほど、旦那さまの 現状に対する認識が歪むに歪み過ぎていてあせる

男尊女卑でさえも無いような、、
令和のこの時代に、、と絶句あせるあせる

 

気付く、ことってわたしはとても大事なことだと思っています。

 

 

というのは基本的な考え方で。

 

以前、会社員だったとき

創業者である上司は、「知りたくないことは知りたくない」

「見たくないものは見たくない」の方で。

 

お客様からのクレームに繋がっている原因を改善しようと

そのことに触れようものなら先ほどのセリフでわたしを激昂したものですが。。

 

この上司のようなケースでは、わたしはご本人の主張を尊重致します、よウインク

 

 

気が付く、というのはご本人の自発的なものですので。

外部が強要したところで、気が付けませんからね。

 

これが知恵の輪の答えなら、教えられて分かるものなのでしょうけど。