ここ数日、北朝鮮の六カ国協議参加のニュースが流れているけど、そんなことより日本国民なら国内に目を向けるべきだ。日本人は、どうも政治に関しては他人任せとか、お上に従え的な風潮で、まぁ結局逆らったところで、組織的にしかも計画的に体制に影響をあたえないことには意味がないのだが、危ない目をみるなら個人の生活を充実させた方がよいという考えが主流かと思う。なにも、国政をつかさどる立場でもないし、日本国は市民生活に関心がないといった姿勢を近年まで続けている。さきほど、中国・韓国についてのブログを読んできたが、友好関係というよりは、自由主義のもとお互いを尊重しあう態度で付き合える関係を築くことが先決なのだが、そんなことをそっちのけで、「友好」という言葉が飛び交っている。その意味を考えないで、つまり、現実をみないで目標をかかげることは、かなり危険な行為である。失敗におわることが多い試みに終わる可能性がきわめて高いのだ。中国でも、韓国でも政治的な活動を現地で行えば、すぐに行方不明になるんじゃないのかな。日本国内だとしても、自由主義活動を行えば、行方不明になる可能性だってある。たとえば、失われた10年といわれる不況は、日本国をはじめ与党、企業のせいだ。金融機関、つまり都市銀行が不良債権で実質倒産したにもかかわらず、その責任を追及しないというは問題がある。企業が国際標準を取り入れず、島国運営を続けていたから、こんなことになったのだ。日本国が国際競争力に打ち勝つほどの企業育成を考えてこなかったからだ。戦後、与党だった自由民主党について責任追及をしないのは、不思議である。戦後の国家運営は失敗だったことは、言うまでもない。欧米諸国においても、先の戦争で敗戦した日本を立てれば、しばらくはアジアの台頭がおさえられるという考えがあっての日本をアジアの代表にということも考えられる。「友好」について話を戻すと、中国は経済発展で、何を手に入れようとしているのか?人民の生活や自由を確保しようとしているわけがない。はっきりいうと軍事力だ。アジアの大国になるべく強大な軍事力を備え、意のままにアジアを牛耳ることが、その目的と考えられる。アジア諸国も、そのことは知っているので、やたらと中国に注文がつけられない。中国は、経済破綻と背中あわせで、好景気のうちに軍備拡大を成し遂げようとしている。軍備がそろえば、経済が破綻しても不景気になっても気にはとめないだろう。共産党に逆らう人民は抹消すればいいのだから、中国とは、そんな国なのである。「友好」とは表面的なもので、中国批判を表面化させない為の隠れ蓑にすぎない。日中友好の姿勢を持つ者以外の日本国民なんて、中国共産党は敵としか思っていないのではないだろうか。つまり、いまの政治をわかっていない。それに、日本の国内事情といえば、敗戦したことで未だに混乱した事情を内包して解決を見たとはいえない。自由主義だって、強制されたもので、戦前は選挙権だって一部の特権階級にしかなかった。このままでは、国際競争力のある企業など育つわけがない。つまり、不況が続くというわけだ。中国や韓国は、将来、政治的にも自由経済で生き残るノウハウを身に付けないと経済破綻による国家消滅ということになりそうだ。すると、下手な友好関係で難民を受け入れるなどして、日本国そのものものが危うくなる。中国は共産主義である限り、その先には民族紛争や経済破綻など、国力衰退の要因が目立つようになる。それを抑える為の経済拡大による軍備拡張なのだ。現在、日本国内で、日中友好とか日韓友好と声をあげているものは、あちらから来た人たちが祖国の変貌に不安を抱き騒いでいるに過ぎない。10年もすれば、そういうことかっと理解できる日が来るんじゃないかな。そうなるまえに日本国は国際的な立ち位置を確保しておきたいところだ。
夏ごろからNHKを観るようになった。受信料未払いなど話題になったけど、民放が性に合わなくなった為か、番組そのものは観やすい。そんな中、お天気お姉さんの半井小絵さんに目がとまった。なんて読むんだ、この苗字は!から関心が生まれた。ちょうどテレビ東京のお天気お姉さんである井口玲音さんが登場して、新鮮だなぁと思っていた時でもあった。半井さんの番組を観ていると、伝えようという気持ちがこちらにも伝わってきて、何を伝えようとしているんだってなって、詳しく気象状況を聞き入って「明日は晴れです。」となって、大きく頷いて番組は終了。キャラ的には、番組をもってもいいような気がしているの だけど、どうだろうか。次に「みんなの体操」のお姉さんに衝撃を受け、やはり江崎史恵アナウンサーが個人的にはベターだと思うようになった。ただの個人的な好みによるものなんだけどね。それとレースクィーンをチェックしていたら愛川ゆず季さんが、なんかギラギラしていなくて、なごみ系のレースクィーンってっと思っていたら、グラビア嬢でもあるようだ。そこんところは、なんでもいいんだけど、でアメーバブログに、ゆずぽんブログとかで、ご本人がブログを書いていらっしゃいましたので、読者になりました。いやぁーすばらしいブログです^^;)これを読まずして男とはいえません(何気に宣伝)。画像とか面白いから、なごめますよ。
マンションの管理会社が、○○団と事件を起こして、意外な事実を知ることになり、いろいろ知りたくもないことを知るところとなりましたが、今まで縁がないというか無関係に過ごしていたので、どう対処していいのやら対応に困っています。とくに管理会社の対応は理由にならないことをいってきて何にもしないということですか。いっている内容も、いまどき、そんなこと口にするかというほどレトロトークなには呆れるしかないです。目に見えないことに対しての意識が、そうとう低いのか、彼らは都合のよいことしか言わないので、まったく対話というものができないです。見えるものとか記憶力はいいんでしょうが、取り扱う思考とかが前近代的な発想なんでしょうね。もともと、関心の持てない話題でもあるし、ここのサイトの反応もよくなってきたので、なにか楽しい話題を探したい今日この頃です。
いじめで自殺したり、必修科目を受けさせないでいたり、学校もえらいことにことになっているけど、ここで気になるのは、それ以前までの生徒は卒業に必要な必修科目受けてないないんじゃないかっということです。文部科学省が、そこまで踏み込んだ対応するかどうかが、この問題の見極めどころでもありますよね。でも、なぜ校長は自殺してしまったんだろうか?無理やり必修科目を受けないような授業体制をさせられていたのかもしれないですね。しかし、いじめは早急に対応策をうってもいいんじゃないだろうか。学校が生徒にとって居心地がよくないというのは、人間的成長の上で、わかりやすくいうと人格形成の上で、よくない環境であるのではないかな。いじめが起きないようなクラス編成をするとか、とにかく教員というのが生徒や保護者よりも学校では優位な立場であるような風潮があって、いじめが発生する状況になっているんだろう。もっと、学校の透明度をあげるとか、市民参加の学校にするとか工夫をしたり試みることが必要かと思いますが、特効薬とかはないですからね。いずれにせよ、教員の生徒に対する無関心さが伺えるような状態ですね。それと、教員は「先生」扱いはやめて、ひら教員は不祥事を起こしたら即首にできるようにした方がいいじゃないだろうか。物心ついてから社会に出たことない人間が「先生」って扱いなんて甘すぎる。世の中をよく知らない者がが、教育ごっこしているだけのように思えるのだが、実際、中学校や高校では、世間では使い物にならない人物が教鞭をとっているのかと思うと、さすがに気がおもい。教育基本法どころの話じゃないような、そうでもないのかな。どうでもいいのか現場なんて。
以前、マンションの管理会社が日本企業なんだけど、日本企業とはいえない異文化企業で、似たような異文化をもつ人に部屋を貸すので、治外法権のようなマンションになっている。彼らには進歩や成長がないので、同じことを死ぬまで繰り返すのではないかと思われるほど執拗に同じことをする。たぶん、発想の転換とか視点を変えて物事を理解しようとか出来ないんだろう。そんなわけで、「アジアの真実」というのがあって、興味深い記事があったのでのせておきます。どうも、日本人らしからぬ人物が闊歩しているので、変に思っていたが、納得できる記事ではある。いまどき、ホームページで情報発信をして、変なものは変なものとして理解しておかないと、世渡りもできなくなってきているのかもしれない。http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/14099974.html 最近、町を歩いていると怒鳴るような勢いでセキをするというものによく遭遇する。たいてい顔をみてみると日本人の顔立ちではない。それと今年の夏に、ファミレスのカウンターで食事をしていると近くにいた男が「あぁ~ぁ○×△」と独り言を口にしはじめた。顔をみてみると・・・。どこで確認がとれたかを発表したくてウズウズしているのだけど、まだ異文化地域に住んでいるので、しばらくはひかえたい。まぁ、商店街を歩く親子連れの上から下まで白い服の子どもが道を横切るように側転して、こちらをどんなもんだいって目でみるのだが、まぁ俺には関係のない話しだし、公共の場とか理解できないほどの知能なのはわかるが、まぁやっぱ関心ないよな。
インターネットで出来ることを考えてみると機能的な部分は存続するが、情報源としては急速に信頼性がなくなるだろう。その例として、ネットの百科事典と自称しているサイトでは、なんら信頼性のない情報がとびかっている。なんのためのサイトなのか、さっぱり意味がわからない。信じ込みやすい人向けのものなのだろうか?読んだところで信頼性のない情報は何の意味ももたないものだなのだけど、しかも情報ソースとして、またウェッブからひっぱってきている。不法侵入者が勝手に書き換えることができるネットの情報を鵜呑みにする人がいまどきいるのだろうか?ウソを口にすることを得意とする人たちもいることだし、ネットの百科事典って、どうなんだろうか?
なぜいま、硫黄島なんだ。映画でも、公共放送でも、硫黄島のことをやっている。そもそも、自分は国政に関心がない。なのに世間(日本国内)は、おれが ぁおれがぁっと我先にメジャーになろうと風呂敷を広げている。しかも、その風呂敷は国産のものではないようだ。しかも、しかも、自分はアメリカにも関心がない。なので、あんまり楽しめる娯楽や施設がない。民謡は新曲がでないので、ちょっと厳しいかも。
日本国籍があっても、日本人っぽくないような人が多い。というか本人に聞いてみたら日本国籍はもっていないかも?っていうか、その手の人は、日本国籍だとウソをつくことだろうし、そんな野暮な話題はふらないわなぁ。ところでだ。太平洋戦争について、マスコミで話題になるが、どの番組も論点がずれてる。国民側から言わせれば、軍人でもないのに戦争して生活や命を犠牲にしたくないのが本音だ。とくに意味の争い事はしたくない。なのに東京裁判がどうだったとか?日本は帝国主義だったとか?いまさら関心 がもてない内容ばかりだ。個人的に第二次世界大戦で関心が持てるとしたら、優れた日本人が一体どのくらい戦死してしまったのだろうか?また、広島と長崎での原水爆では、どのような被害を日本が受けたのか、しっかりと分析したりと、そういうことが知りたいのだ。それと戦後、日本人はどのくらい海外に活路をみいだして飛び出したのか?戦中・戦後の人口減少で、どのくらい日本が日本らしくなくなったのか?そこが知りたいわけで、現在の社会構成を理解するうえで、大変、役に立つ。当時、バリバリの現役が戦争で命を失ったわけで、戦後の日本に相当の影響を与えたことは事実であるわけだから。ところでさぁ。アメーバブログってサーバー遅いよね。
よく、アジアということで日本人を含めて顔立ちが似ているということで、アジア人を同 じだと思っている人が多いが、基本的に中国人と朝鮮人は、日本人にとって外人であって、持っている生活観とか、文化とかかなり違うようだ。
観光地としてのフランスは魅力があるが、フランス人にとっての日本人観光客には不快感をいだくらしい。フランスのマスコミが写真をとる日本人について、不快感を示した。これに対して、日本人の持つカルチャーがあって云々と日本側から説明があったが、実際に日本人観光者は、フランス人が不快になるような撮影をしているんじゃないのかな。日本人は、基本的に海外ではマナーがよくない。現地にあわせるということが、あまりないからだ。観光地とはいえフランスは日本ではない。バカンスの楽しみ方にも違いがある。多分、日本人はカメラをフランス人に向けちゃっているのではないか?国内では、肖像権が話題 にあがるが、ヨーロッパのアッパークラスなら、そんなの当たり前の概念ではある。フランスの市場で、売り手をバシバシ撮っちゃったり、恋人たちを風景として撮影しちゃったり、マナーがよろしくないのではなかと思う。日本人が観光写真を撮るというのは、どういう楽しみ方をするかを説明はできるが、実際に現地でどうなっているのか議論がないのは寂しい。まぁ日本人なんて欧米からみたら、猿ぐらいにしか見えないのだから、日本人を紹介するコンテンツをホームページで発信するとか、なんかした方が誤解がなくていいのではないだろうか。