単発主婦のぽんこつデイズ

単発主婦のぽんこつデイズ

単発バイター主婦です

 

 

 エネルギーの使い道

 

 

ふとした瞬間に、思春期の頃の自分を思い出すことがある。


あの頃の私は、どうしてあんなに「友だち」という存在に固執していたんだろう。教室の隅で一人でいるのが怖くて、誰かの輪に入っていないと自分の価値が消えてしまうような、そんな焦燥感の中にいた気がする。
 

休み時間に誰かと他愛もない話で盛り上がったり、放課後に連れ立って歩いたり。当時は、その「ワイワイ」した空気の中にいることこそが、正しい中高生の姿だと思い込んでいた。


でも、今は全く違う。
驚くほど、誰かと群れたいという欲求が消えてしまった。
大人になるにつれて、人と関わることが「楽しみ」から「コスト」に変わっていったように思う。

誰かと会うとなれば、まず服を選び、待ち合わせの時間を気にし、相手が退屈していないか表情を伺う。

相手の言葉の裏を読み、不快にさせないような返答を選び、自分の感情を少しずつ削って場に馴染ませる。
そんな一連の動作に、以前よりもずっと多くのエネルギーを消費するようになった。


「人の気持ちを考える」
それは美徳かもしれないけれど、今の私にとっては、ただただ精神を摩耗させる作業でしかない。

自分の心を守るだけで精一杯なのに、他人の心の機微までケアする余裕なんて、もうどこにも残っていないのだ。

気づけば、友人たちとも、疎遠になっていった。連絡先は残っているけれど、指が動くことはない。かつての思い出が色褪せていくことに、少しの寂しさも感じないわけではない。

けれど、それ以上に「一人でいられる解放感」が、今の私を深く癒してくれている。誰にも気を遣わず、誰の顔色も窺わず、自分のためだけに時間とエネルギーを使える。静かな部屋で、自分の思考の波にただ身を任せる。

この平穏を、何にも代えがたいと感じている自分がいる。


社会性が欠如していると言われるかもしれない。でも、これが今の私の「本音」なのだ。無理をして繋がりを維持し、疲れ果ててしまうくらいなら、静かに離れていく道を選びたい。

誰かと繋がっていないと不安だったあの頃の自分に、「一人でも大丈夫だよ」と教えてあげたい。