先日、日本の今後の震災を心配された方から、
なぜ 私が岡山を選んだのか?というご質問をいただきました。
今でも 初めて会った方に 東京の人がなんで津山?って よく聞かれます。笑

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今、2016年2月ですから 東京から移住して4年半くらいになります。

震災後に岡山へ移住したのは、2011年6月。
アパートの荷物と店の移転は 大変なことでした。

東日本大震災があった2011年3月15日に東京から離れることを決めています。

まず 結論からすると

頭の中の地図を広げたときに 
今住んでいる岡山県津山市加茂が光っていたということです。


「岡山の地図 津...」の画像検索結果

だから 私のハイヤーセルフに導かれたということなんです。魂の向かうところ。


当時、東京の中野で、パワーストーンの店と占いの仕事をしていました。
仕事が忙しく、朝から晩まで仕事オンリー。終電で帰ることもしばしば。。。
プライベートの時間も 気を充電することもできず、店にキャンプ用の寝袋を持ち込んでいたほどでした。

日に日に命が減る思い。がつのっていました。
でも人の役に立ちたい。お店のためにも占いの仕事を止めるわけにもいかない。

初めて占いを辞めたい。。。そう本気で思ったんです。

せめて2週間だけでも休みたい。
休息の旅行に選んだのは 2004年にスマトラ地震で被災したプーケット。
「プーケットの画...」の画像検索結果 「プーケットの画...」の画像検索結果
ホテルだけ取って まったくスケジュールを決めない。
ほとんど海でシュノーケル三昧でした。

2週間を過ごし、帰ってきてわずか数日で地震がありました。

今思えば あの調子が悪かったのも 地震の前触れを感じていたのかもしれません。
なぜかというと、子供のころから 何百回と津波の夢を見せられているんです。
だから 海や川の水の強さや怖さを知っている。

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震災後、6年という時間で すっかりプーケットは観光地としてさらなる活気を取り戻して賑わっていました。
「プーケットの画...」の画像検索結果
ある意味、復興できる人の心や思い、創造の力強さを知ることができたわけです。

東日本大震災が起きたとき、私は店にいました。

中央のシャンデリアが大きく揺れて 棚が動いて倒れ、半分ガラス張りの店内は あと少しのところでガラスが割れるのではないかと思いました。
駅前にあったので 周りのビルの揺れの音や人の悲鳴、パニック、溢れる人の波。

死ぬ事を想像するくらいに。。。 死んだ、死にそうになった経験といってもいいでしょう。

当時、すぐに師匠に合ってセッションを申し込みました。
そう、私の夢は 家が欲しい、自然の中で暮らしたい、畑で野菜を作りたい、ガーデニングをしたい、DIYをしたい。。。
東京育ちでアウトドア好き。 都会のおしゃれさや刺激も大好きな一方、そんな ささやかな夢の生活に憧れていたことを 思い出したのです。


震災が起きて自分のこれからの人生を感じたときに 東京にいる気がしなかったんです。不思議な感覚でした。
東京じゃない。。。っていう なんか理由のない決心が 魂にありました。

そこで セッションの中で 自身のハートチャクラからハイヤーセルフに繋がり、

どこ?という質問をしました。

第三の目に 日本地図が映像として出てきて モノトーンの地図上で、今住んでいる岡山県津山市が示されたんです。

ぴか~~~!!って 光っていました。

正直、びっくりしました!
へぇ~~~?? どこ、ここ???

つづく



ただ、全てが用意されていたような気がします。