刺激的なタイトルですみませんガーン
動物好きな私としては心苦しいのですが
このタイトルのままのお試しがありました。。
 
それも
「(どんな事象も) "ありのまま" で完璧」
と書いた↓の記事を投稿した日に…
 

 
ことのあらましは…
 
仕事を終えて運転していたとき
ネコがいきなり飛び出てきたのですガーン
 
ギリギリその姿を目視できる距離だった為
急ブレーキにならない程度の
ややブレーキをかけることができ
ネコは私の車の前をするりと抜けていきました
 
が、、
 
反対車線の車にボンッ!
衝突してしまいました……
 
ネコに出血は見られず一瞬歩いたものの、、
すぐにその場でひっくり返ってのたうち回り
当たりどころが半端だったのか
即死することができなかったようです…
 
私は右折レーンにいた為
右折したすぐ先のスペースに停車し
すぐにネコがいた場所に戻りました。
 
しかし、そこにネコの姿はなく。
のたうち回っていたものの
最初の一瞬だけ歩いていたので、
念のため、両脇の歩道と茂みを確認しましたが
やはりネコはおらず。
 
轢いてしまった反対車線の運転手が
保護してくれたのか…
それとももっと奥深くの茂みに逃げたのか…
 
しかし、
右折~停車までのネコを見ていない空白は
おそらく3~4分ほど…
あの様子ではそんなに遠くまで歩けないはず。
となると私が確認した場所にいなければ
やはり轢いてしまった運転手の方がきっと。。
 
心臓をバクバクさせながら
頭はグルグルと考えていました。
こんな中途半端な轢かれ方をするくらいなら
むしろ変にブレーキなんかかけず
即死させてあげたかった………
なんてことも考えていました。。
 
そこでふと気づいたのが、
その数分前になんの脈略もなく
彼がネコを轢いてしまったことを思い出していた…
ということ。
 
「彼は悲しそうだったけれど、それも運命だった。
江原さんもネコが車に跳ねられる時は、
ネコ自身が死期を悟ったときだと言っていたし…
むしろ動物好きの彼に最期をたくせて、しかも
彼がその子に悲しいながらも思いを馳せてくれて
よかったんじゃないかな…」
と思い返していました。
 
この脈略なく突然思い浮かぶ感じ…
こういう時はいつも
ちいさな私から湧きでたものというより
おおきな私(ハイヤーセルフ)からのものな気がします…ガーン
 
逆に、ちいさな私から湧きでる思考は大抵
「○○→△△→□□」
と脈絡があります。
 
なので、
今回の事象も
手足がガタガタ震えるほど衝撃的で
悲しく受け入れがたい事象でしたが、
すべて決まっていたんだ……と。。
(猫を轢くということに関する出来事を
"脈絡なく" 思い出していたことから察するに
これはハイヤーからのお達し。
「猫を轢く」という事象は決まっていた)
 
今までの自分のパターンなら
悲しみや後悔に暮れる所ですが、、
捜索をするという形で
自分で出来ることは精一杯やった。。
 
そして目の前で起きることは
良い悪いなくニュートラルなのだから、
ネコちゃんのその後を案ずる気持ちはありつつも、
その事象そのものについてはグルグル考えない。
 
ネコちゃんの魂が決めたこと、
そして宇宙の采配を信頼すること。
信頼して大丈夫だということを、信頼すること。
 
すべての事象は
ありのままで
常に完璧である
 
ということに触れた記事を
書いた当日に起きた
究極のお試しでした。。
 
〈追記〉
同じ日に投稿していたもう一つの記事下差し
『無のなかに豊かさがあった。
 直感を鍛えはじめて気づいたこと』
の最後では、
動物について少しだけ触れていましたガーン
「愛する動物ちゃん」とタイピングしていた時
こんな事象がその日のうちに起こるとは思いもせず。。