大河ドラマは観たり観なかったり途中でやめたりいろいろですが、
今年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」は今のところまだ観ています![]()
主役の豊臣秀長ゆかりの場所は関西にいくつかありますが、奈良の
大和郡山 もそのひとつ。
日本有数の金魚の生産地、大和郡山のイメージはやっぱり 金魚 ![]()
お城があるのは知ってましたが石垣が残ってるだけだと思っていた
ので、一度も行ったことがなかったんですよね![]()
なのでGWに行ってみました![]()
近鉄郡山駅には地図やパンフレットが置かれていて…
駅のそばにあった大きな地図も見やすくて![]()
今回のテーマは金魚ではなく「豊臣秀長」![]()
まずは秀長の墓所の 大納言塚 に向かって15分ほど歩くと…![]()
住宅が並んだ細い道にのぼりが立っていました![]()
大納言塚 に着いたようです![]()
1585年に郡山城主となり、与えられた官位から 大和大納言 と呼ば
れていた 豊臣秀長 は1591年に城内で死去、この地に葬られました。
兄の秀吉は近くに菩提寺大光院を建立して菩提を弔いましたが、
豊臣家滅亡後は秀長に仕えた藤堂高虎が寺を京都に移築、位牌を
東光院(のちの春岳院)に託しました。
その後墓地は荒廃しましたが、1777年に春岳院の僧と郡山の人々に
よって整備され、高さ約2メートルの五輪塔が建てられました。
次に 郡山城 に向かっていた道の途中に…
竜宮城のような楼門がありました![]()
永慶寺 (黄檗宗)
5代将軍徳川綱吉の側用人だった 柳沢吉保公 の菩提寺で、吉安公が
甲府藩主だった時代に甲斐に創建、息子の柳澤吉里が転封になった
ため永慶寺も大和郡山に移転、以降柳澤家の菩提寺となりました。
(城内には 柳沢吉保公 を祭神とする 柳澤神社 もありました
)
この山門は秀長の時代に郡山城の南御門として建てられた、当時の
郡山城の遺構として残る唯一の建造物で、幕末に永慶寺山門として
移築されたそうです(大和郡山市指定文化財)
さらに道を進み…
ここから内堀にかかる道を進んで…
竹林門跡 から本丸へ…![]()
「続日本百名城 郡山城跡」の碑 (2017年選定)![]()
2022年には国の史跡にも指定されました![]()
郡山城
1580年、筒井順慶が築城
1585年、大河ドラマ「豊臣兄弟」の主役、豊臣秀長
が
紀伊国、和泉国、大和国の3か国百万石の領主として入城後
大拡張工事を行い、大和国最大の城郭と城下町を作りました![]()
先ほど前を通った永慶寺を創建した 柳沢吉保公 が祭神の…
柳澤神社
隣接する祖霊舎の後ろに見えた石垣は…
郡山城天守台展望施設
築城から400年以上経ち崩落する危険が生じたため天守台への立ち
入りが禁止されていましたが、石垣を修復して2017年に完成![]()
天守に関する史料がほとんど存在せず近年まで「幻の天守」と言わ
れていましたが、2014年の調査で5層の天守があったと考えられて
いるそうです。
野面積み(のづらづみ)の石垣が良好な状態で残っているのは貴重![]()
当時大和には石材が乏しく築城も急がれたため、寺院の礎石、庭石、
五輪塔、石地蔵など多数の転用石材が使われました。
有名なのは さかさ地蔵![]()
天守台展望施設からは見晴らしがよく…
南西方向には矢田寺のある矢田丘陵や松尾寺、法隆寺、二上山、
葛城山、金剛山など…
南側にはさきほどの 柳澤神社(の裏手)
東側には 城趾会館(緑↓)、追手門(オレンジ↓)、追手向櫓(青色↓)
写真では見えにくいですが、北東方向に薬師寺の三重塔も見えました![]()
天守台からおりて…
天守曲輪と毘沙門曲輪をつなぐ…
極楽橋
を渡った先には…
柳澤文庫
柳澤家から寄贈された歴代当主の書画、和歌や古文書を所蔵しています![]()
周辺の石造物
奈良公園にあった旧奈良県立図書館(明治41年築)を移築した
城趾会館 (奈良県指定文化財)
天守台から見えていた 追手門
秀長時代の姿に近い形で復元されました(1983年)
追手門をくぐって…
こちらが 追手門 の入り口側
右側に続く石垣の端には…
追手東隅櫓
(その先に多聞櫓もあったようです…
)
追手門の左側は、建物がコの字型に続いていて…
真向かいに 追手向櫓
左が追手向櫓、右が追手門
そして内堀沿いの道を通って…
最後に南東の角にある石垣を眺めて 郡山城趾 の見学終了!
城内はどこも復元されたり整備されたりして、とても見学しやすく
なっていました。お堀を囲むように植えられた約600本の桜が咲き
誇る春には、イベントや夜桜も楽しめるようです![]()
あとは まちをぶらぶら…![]()
豊臣秀長の菩提寺、春岳院
豊臣家滅亡により当初の菩提寺であった大光院が京都へ移された際、
位牌と最初に訪れた大納言塚の管理を託されたそうです。
あれ?ここ
見覚えがあるんやけど…
夕方のTV番組「newsおかえり」の火曜日の「なんでやねん!?」
のコーナーで、NDYの2人が調査してたところじゃないかなぁ![]()
たしか、藍染めが有名で川の両側に染物屋さんが並んでいて、
染めた布をここの水に晒してた…んじゃなかったかなぁ![]()
改めて調べてみると…
秀長は同じ技の職人を集めた「箱元十三町」をつくりましたが、
そのうちのひとつ「紺屋町」は藍染め職人の町で、城の堀から
流れてきた水路(紺屋川)が道の中央を流れ、その両側に染物屋が
建ち並んで水路の水を使っていたそうです。
最後は…
豊臣秀長が郡山城の鎮守として創建した 源九郎稲荷神社
源九郎とは、文楽で観劇したことがある「義経千本桜」(歌舞伎でも
有名)に出てくる源九郎狐のこと。
初音の鼓は雨乞いのため千年長生きした雄雌の狐の皮でつくられた
鼓で宮中の宝物でしたが、後白河法皇から源義経に下賜されました。
それも一因となり兄頼朝から追われて逃げることになった源義経は、
形見として鼓を愛妾静御前に預けます。
鼓にされた狐には子狐がいて、宮中を出た鼓を慕い、義経の家来の
佐藤忠信に化けて静御前に付き従い、静御前の危機も救いました。
それを知った義経は鼓を子狐に与え、自分の名を与えて「源九郎」
と名乗ることを許したそうです。
時は流れ、郡山の守護神を探していた秀長は、僧の前に現れた翁
の姿をした源九郎という白い狐の話を聞き、源九郎稲荷大明神を
祀らせ城の鎮守としたと伝えられています。
のぼり旗に勘十郎さんや和生さんのお名前が~
(文楽の人間国宝)
昨年4月にお二人とも出演されていた「義経千本桜」を観劇したん
ですが、勘十郎さんが狐から忠信、忠信から狐と素早く持ち替えて、
舞台を走り回ったり太夫さんが座ってる床あたりから飛び出てきたり
最後には宙に舞ったりと大活躍でした![]()
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そんなゆかりの神社ですが、大和郡山を調べるまで知らなくて![]()
この機会にお参りできて本当によかったです![]()
大河ドラマでは「真田丸」が一番好きで、真田氏ゆかりの城や神社
など訪れてすごく楽しかったので、今回も他に行けそうなところが
あれば(和歌山城とかいいかも
) 行ってみたいと思っています![]()



















































































































































































































