えーちゃんが神様の元へ旅立って
もうすぐ3ヶ月が経とうとしている。
まだ毎日えーちゃんを思って泣く程度に
哀しみの中にはいるけど、
少し気持ちの整理がついてきたかもしれない。
最初にえーちゃんが体調を崩したのは
2025年7月のことだった。
1ヶ月程で体力を取り戻したと思ったのだが
そこから少しずつ下り調子に…。
下り調子ながらも、2025年12月の個展の間は
私が在廊に行っても問題なく留守番が出来ていた。
個展が終わってすぐの年末、富士山を見に行った。
えーちゃんと1番多く見た景色だと思う。
12月30日、富士山よりえーちゃんばっかり撮っていた。
お正月の親族の集まりも参加出来た。
はしゃぎすぎて疲れたよね。
その後1月のコラボ展の間も問題なく過ごせていた。
コラボ展後も、キャンピングカーで何度も出かけていた。
2月のタロット展の間も、、、
ほぼ寝たきりに近い状態だったけど、大丈夫だったんだ。
タロット展が終わった3月1日の夜から
急激に体調が悪化したと記憶している。
もう成す術もなく、看取りの期間ということに…。
3月8日辺りが山だと言われた。
次の展示3月7日の搬入に行けないと思い
友人に作品を託したのだった。
生前最後の写真。
3月5日、朝から嫌な予感がして
抱いて、歌を聞かせていた。
耳は聞こえないえーちゃんだったけど。
ね、もうこの世界を見ていないでしょ?
3月5日、2026年で最強の開運日に
えーちゃんは神様の元へ帰っていった。
火葬車に自宅まで来てもらい、お別れした。
火葬車のスケジュールの都合で
3月6日の夕刻、えーちゃんは旅立っていった。
結果、7日の搬入に間に合うことに…
えーちゃん、空気読み過ぎじゃない?
そこからは、決まっていた仕事だけはなんとかこなし、
仕事を捌いた後は、人と会わずに済むようにしていた。
多分、最後に誰かと会ったのは4月の始め頃かな。
旅に出ても、人出のある場所には行きたくなくて
ひたすら森の中で過ごす日々だった。
えーちゃん亡きあと、実は、らいちゃんが…
ちょっと良くなくて…
もう心が折れそう。
だから、人と会えないし、交流を持てなかった。
言葉を発すること自体が、もう辛い。
何かの拍子に泣いてしまいそうだから。
らいちゃんは今すぐどうこうという事はないけど
こうゆう体の子だから、と。
らいちゃんとの時間もそう長くないかもしれないから
えーちゃんを亡くして日が浅く、辛いだろうけど
だからこそ、心構えはしておいた方がいいと言われ。
今年は11月に個展、12月にグループ展。
来年も3月にふたり展、12月個展と
私のスケジュールはタイトだ…。
在廊で留守にしている間に、らいちゃんに何かあったら?
そう思うと、恐怖でキャンセルの連絡を入れそうになる。
オファーされる画家がどれだけ恵まれているか…
有難くて有難くて、感謝したないのだけど、辛い。
2028年のオファーは返事を待って貰っている状態。
えーちゃん、ママはどうしたらいいだろう?
らいちゃんは、どうしてほしいんだろう?
えーちゃんがいなくって、相談相手がいなくなったと感じていた。
えーちゃんがいないって本当に寂しい。



