頭上のお宝 -82ページ目

交通安全の極意 Part3 恐怖のおばちゃん編

あぁ、寄る歳並みと申しましょうか、満月に向かう時期はしんどい。
月没まで起きてられないよ~ッ。て、ことでPart3を。
ご興味ない方はスルー願います。

本シリーズでも言いましたが、私、ゴールドなのです。これは自慢にもなりません。運転しなくても取れるものですから。田舎に5年も住んでれば取れます。ブルーは違う。運転していないと取れないですから。

免許証


わたし独自の交通標語は「疑い合う心ひとつで事故は0」
どうです。殺伐とした標語でしょ。交通事故で亡くなる人がいないのであれば、美しい、ほほえましい言葉を並べればよいのです。でなければ、子供たちに不用意な言葉遊びをさせないでほしい。
交通事故のニュースで「○歳、男性死亡」とか出るが、どんな死に方をしたかまでは言わない。当然、茶の間に流せるような内容ではないからだ。
そして、ニュースの「死亡」という言葉だけを聞き流し、修羅場なんて存在しないかのように美しい言葉で交通標語は作られていく。

「注意一秒、怪我一生」って、なに考えてんだか。運転中はずっと注意。
「不注意一秒、怪我一生」が正解。

「ブレーキは早目に スピードは控え目に」これ内閣総理大臣賞ですって。
この標語は極めて利己的なドライバーのことです。先回のいっこうさんのコメントにもありましたが黄色信号で止まるようなおばちゃんです。
正しくは「意思表示は早めに、スピードは臨機応変に」です。ランプから本線にスピード控え目に入って来られたらたまったもんじゃない。

交通標語は言いだしたらきりがないです。本当に事故を無くそうと思って標語を作れば、絶対に内閣総理大臣賞はとれないです。

「さっきまで、有った右○ どこいった」
「見た事ない、自分の○が見えている」
「ドクドクと、流れる○○止まらない」
「真っ暗だ、目をこすったら○が取れた」

これは今まで私がバイク時代に目撃した事故現場でのことです。
救急車を待つ間の出来事です。頑張れ~ッ。それしか言えないのです。
今、思い出しても涙が出ます。そこからの帰り道、意味も無く涙が止まらず、肉体の脆さと自分の無力さを思い知らされていました。
だから、警察の交通取り締まりは憎くて仕方がないのです。
目的は何なのか?44年間見てきて思う。
彼らに交通事故を無くす気があるのか?
あるのであれば警察の交通課は頭が悪すぎる。ベルトコンベアーを流れる商品の検品作業のような交通取締に何の意味があると言うのだろう。きれい事の標語募集する暇があれば交通事故を無くすアイデア募集した方がよっぽど価値的だ。

どうもこのシリーズをつづけていると虚しくなる。
事故直後のドライバーの発言にどの程度信憑性があるかわからないが、事故が起きた時の真実の原因車、或いは原因者はその場から居なくなっていることが結構あるような気がする。
そして、その多くは自分が原因で起きたことを知らずに今日もどこかで生きている。

以前、仕事で大阪の江坂に居た時、会社の同僚二人と昼飯を食いに出て、我々は4車線道路を渡るべく信号待ち。すると後方から原付きの近づく音。
無意識のうちにも、進行方向が赤なので当然エンジン音の低下を意識していたが、音は低下する事なく近づいたので思わず音の方向を見た。
おばちゃんライダー。止まる気配も無く、信号無視ではなく信号気付かず。
そのままの速度で横断開始。と、左ハンズ方向からセリカXXが来ていた。
右からの車が無かったので、とっさにこっちへ来ると思い、私は二人に「アカン」と叫んで近くのビルの影へ逃げた。
案の定、セリカは原チャリを避けるべく右にハンドルを切りこちらに向かってきた。一瞬の事だった。セリカは信号制御盤のある柱にど真ん中衝突。
セリカは原チャリに乗っている大切な命を本能的に避けたのである。
フロントガラスはべっ甲飴。ボンネットはあくび。私はしゃがんで車体の下をのぞいてから運転席に近づいた。
ドライバーに怪我は無かったがドアの変形で出られなかった。で、近くに居た連中でこじ開け無事脱出。
あとでわかったのだが、変形した助手席側は普通に開いた。
パニック状態の人間て所詮こんなものだ。
閉じ込められてる間、ドライバーは「おばはんや」を連呼していた。
私は車からの離れ際に念のためバッテリーのケーブルを引っこ抜いた。
衝突直後、原チャリを見たら後ろでの出来事に気づく風も無く走り去った。
あれだけの至近距離で大きな音がして、メット越しでも聞こえてるはずだ。
ナンバーは読みとれず。この時セリカは少しスピードが出過ぎてはいた。
もう少しスピードが遅ければハンドル切らずにセーフだったかもしれない。
でも、あの道路状況ではなんとも言えない。そりゃぁ制限速度云々言いだしたらアウトに決まっている。
事故になってから言いだす法律はなんの事故抑止力にもならない。

この一連の出来事。法的且つ行政的には事故の原因車はセリカである。
もし、原チャリが捕まったとしても、信号無視だけである。
一方セリカは前方不注意、安全運転義務違反。
ただ、最近は裁判で今回の原チャリのようなのを原因車にしてくれる判例が出てきている。だがそれは、あくまで原チャリを確保出来たらの事である。

※余談だが、原付バイクは昔はおばちゃんが乗るような物ではなかった。
スカートをはいたまま乗れるバイクが登場したのには警察が絡んでいる。
そもそもが警察のボーやん取締の一環として750ccを超えるバイクの国内販売を禁止した事に端を発する。法的拘束力はない。
バイクメーカーは国内売り上げの埋め合わせとして、50ccバイクの販売に力を入れる旨警察に伝えたところ、交通事故のメカニズムを全く理解しない警察はどうぞと我関せずの構え。
それでもバイクメーカーは原付の免許制度の不備を補うべく、メーカーサイドで、原チャリの講習会を開いていた。
ホンダは映画ひまわりで有名になったソフィア・ローレンを使って、ラッタッター(ロードパル)を発売。ヤマハは八千草薫でパッソルを発売。
ここで警察の思惑とはかけ離れ、原チャリの自損事故多発。
ボーやん減らず、中型バイクが驚異的進化を遂げる。※

私は、このような事故を見たり聞いたりすると、憤懣やるかたなしだ。
法では裁けぬ真の原因車。警察の管理下にある事故車両で原因車を特定しているのが現状である。私がこれまで見てきた事故の中でもこの類は多い。
もっとも、事故直後のドライバーの言葉を信じるとしての話だが。
なので、人身でなければ出会い頭の衝突や追突事故は平和なものだ。
「あんたが悪い」「ごめんなさい」で済むのだから。
人身事故で四肢の欠損や死亡なんて事はほんとマジで無くしたいよ。
警察なんかに交通取締を任してるうちは事故は無くならないと思っている。
警察白書で死亡事故の減少を自慢しているが、あれは自動車メーカーの手柄であり、救急医療の進歩による医療現場の手柄なのだ。

交通取り締まりの民営化を望む。笑いごとじゃないよ。
計画はこうだ。まずあらゆる事故によって生じる損害を金銭に置き換える。
そして、現状の交通事故によって生じる年間の損害総額を算出する。
そこで、年間の交通事故の減少数に応じて税金からその交通取締会社に支払う。さすれば、無意味な速度取締も無くなるだろう。
交通法規違反が常識の範囲内で無効化されるだろう。
一旦停止した、してない、で事故は減らないのだから。
スピード出せる道路でレーダーやっても事故は減らないのだから。
天下り団体、交通安全協に入る青切符なんて切らなくなる。
事故の原因車を出した自動車教習所へのペナルティ。そうすれば警察OBの受け入れどころではなくなる。本当に免許が無いと困る、必死な人が受かるシステムを作る。
厳しい?そう、人身事故は取り返しがつかないから。

高速道路上でのトレーラー車の単独横転事故も原因車は遠く走り去った後なのかもしれない。後方確認なし、ウィンカーなしの急な車線変更。
おばちゃん、高齢者ドライバーなら有りうる運転である。
そんなのにいきなり前へ入られたら、トレーラーは急には止まれない。
警察に言っても、そういう車も走っているから車間距離を取れと言われて前方不注意、安全運転義務違反。
なんじゃこりゃである。

そんな、山口のじぃもいづれそんな高齢者ドライバーになるんやぞって。
いいえ私はそんな高齢者ドライバーにはなりません。
現在の高齢者ドライバーの免許取得年齢と私の取得年齢はまったく違うからだ。

私は16歳から大阪の無法地帯を走りまわってきた。
一方、現在の高齢者ドライバーは青春を戦争あるいは戦後の貧しい時代に送っている。原動機付きの乗り物どころではなかったのだ。みなさん、30~40代でようやく乗り始める。遅い。私は車の運転は基本、おばあちゃんの糸通しのようなものだと思っている。目が悪くなってもおばあちゃんは一発で糸を通せる。なんでか。小さな子供のころからやってる事だから。
車も同じ。頭が多少ぼけようが、視力が多少落ちようが、身体が覚えていれば大丈夫。運転は誰でもできる。しかし、事故回避能力は若い時からの訓練でしか培う事は出来ない。先の例でもセリカがおばちゃんだったら、あの原付はタダでは済んでいない。運が悪ければ死んでいる。若い男性ドライバーだったから生き延びているだけだ。おばちゃんはトロトロ速度でも充分車を凶器にするだけの腕はある。アッと思ったらハンドルから手を離す生き物なんだから。

学生時代にアルバイトでハワイのホノルルに1カ月間滞在したことがある。
生まれて初めての海外生活。バスに乗った時のことだ。
私は運転席の横に立っていた。バスが左折する時に右車線に入って行き、私は思わずのけぞった事がある。
あぁ、ここは右側通行かと刹那気がつく。
あと、バイクに乗っていた時のことだ。普通に右側通行は不自由なく走れていたのだが、宿舎に帰るため住宅道路に入って気がつくと左側を走っていた事がある。
3日ほどもすると、そんな事はなくなっていた。
若者の感性とはそういうものだ。私が今の年齢で右側通行社会に行くと、おそらく取り返しのつかない事故を起こすだろう。
何が言いたいかというと、左側通行が身に染みついているので、私が高齢者ドライバーになっても高速道路で逆走する事は有り得ないと言う事だ。
そして、ブレーキとアクセルを踏み間違うこともあり得ないのである。
それが証拠に40歳から使い始めた業務用の精米機。手が勝手に設定をしてくれることはない。未だにメモリを一個づつ確認しながらでないと間違う。
あと十年もすれば玄米を食うはめになっているかもしれない。

(おまけ)
びっけパパさんのコメントで思い出した事件が有ったのだが、なかなか書くタイミングが合わず、今回おまけで書き込みます(笑)

学生時代、ホンダCB750(ナナハンの語源バイク)に乗っていた頃の事です。
丁度、梅新を京橋、蒲生四方向へ向かう交差点で停まっていた時のこと。
左新御堂の交差点である。そこは左折可なので、私は2本目の直進車線の先頭で止まっていた。
当時、左折可の標識は全国で大阪と奈良にしかなかった。
その時、左後ろの日産プレジデント品川ナンバーが後続車にクラクションで煽られながら私の方へ寄ってきた。
その車、左折可を知らずに左車線で停車していたのだ。すると、私の大事なCB750の後部左ウィンカーにペコンと当たった。
ウィンカーは根元が外れ明後日の方を向いてしまった。
わたしはでっかい声で「あ~ぁ、何さらすんじゃ、おっさん」
今にして思えば口の聞き方を知らない若者だった。恥ずかしいかぎりです。
プレジデントのドライバーが私に左折するように合図。
私は指示通り左折してバイクを降りた。プレジデントにはスーツを着た紳士が4人ほど乗っていた。
ひとりが修理代はどのくらいかかるかと聞いてきたが、私は見当つかず、紳士達は急いでいたみたいで歩道を歩く人たちに聞きまわっていた。
誰も首をかしげて答えず。そのうち一番偉そうな紳士が、上下ジーパンとジージャンのバイクに乗ってる私に丁寧にこう言った。
「申し訳ない、本来なら修理費用その他をきちっとしたいのだが、我々は急いでいるので、今日のところはこれで許してもらえないか」と財布から千円札を出してきた。
当時ウェイターのバイト代が日給\900私は「えぇ~、そんなんで治るかなぁ」そしたら五千円札に変わった。
向うは相当急いでいたみたいだ。私は五千円で手を打った。
家に帰ってウィンカーをいじったら、ペコンと直った。
スグに友人に電話。私のおごりで日本海へツーリングに行った。

Part3 終わり。


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