お腹にいた第2子をお空に還すまでの
日々の振り返り記録です。
死産までの記録記事の時系列は→こちら
振り返りの記事はタイトルに◆がついています。
1年前の出来事になります。
前回の記事はこちら
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大学病院を受診したのは、
金曜日だったので、
週末に話し合いをしていました。
休みが明け月曜日、普通に仕事に
いかなければいけません。
仕事のことはアメンバー記事で
いつか書きたいと
思っていますが、小さな会社で
決算を迎えた大事な時期だったので、
すぐに不在になるわけにも
いかない事情がありました。
職場では、社長以外は赤ちゃんの
病気のことは知りません。
平気なふりをして
仕事をしていましたが、
通勤中、ふとした瞬間、
そして、胎動を感じて
涙がこぼれてきます。
週の半ば、
元の個人クリニックに
予約を取り今回は、
妊娠の継続をしない
(中期中絶する)と
決めたことを夫と共に
伝えに行きました。
先生からは、胎内で
亡くなる可能性も高いから、
今回のことは仕方がないでしょうと
言われました。
処置は前日にラミナリアを入れ帰宅。
翌日から1泊2日の入院が基本で、
分娩後、経過に問題がなければ、
その日に帰宅とのことでした。
思ったよりも短い期間でした。
翌日からすぐにでも処置できますが、
と言われ、一瞬迷ったのですが
仕事はどうするのか、
こんな状況でも周囲には
迷惑を掛けたくないと
思っている自分がいました。
それに、お別れまでに
ちゃんと準備出来る事を
したいと思い入院する日に
ついては後日、連絡する
ことになりました。
この日の診察でエコーは
ありませんでした。
採血と心電図を取り、
入院時の説明を受けるため
待たされました。
平日の午前中ですが、
大きなお腹を抱えた妊婦さんが
次から次へとやってきます。
一緒に待合室にいるのは
辛かったです。
入院やその後の事の
説明を受けるために
看護士さんが来ました。
別室に案内されるのかと
思ったのですが、空いている
ところがなかったのか、
診察室や内診室の前にある
廊下兼中待合スペースの先の
L字になっている曲がった
奥の廊下の椅子で
話をすることになりました。
扉があって区切られている
わけでもありません。
健診に来ている妊婦さんの
気配をそばに感じながら、
入院に関しての説明、
死産届や火葬の手続きの
話を聞きました。
夫も目に涙を浮かべて
いました。
こんな場所でする
話しなのだろうかと
思いながら、私も
涙が止まりませんでした。
次回へ続く