音楽会には、家を出て帰るまで音楽会モードで、心に余裕を持っていきたいと考えている。
毎回、予定通りにはいかないけど。
 今夜も、早めに行き夜ご飯を食べようかと予定はしていた。
誘っていたピアノの先生が体調不良で、開場ギリギリまで病院だと言う。
残念だけど、コンビニ弁当で中身も値段も軽くすんだ(苦笑)
その日は、顔を合わさないままだった。
 会場は、大ホールに変更して正解だった。
開場前から、入り口(もぎり)のある2階から1階まで折れ曲がる(?)長蛇の列。
恩師の声は後部でも響いて聴こえるし、まして並ぶのは苦手なので隅っこで。
開場待ち時間には、久々に会う音楽仲間と近況報告。
開場されて列が切れて入り、スタッフ役の歌仲間に声をかけ、贈り物を受付で渡す。
同い年の恩師のお嬢さんに、お祝いを言う。
座席が隣り合わせたご婦人も、姑さんと座られていたけど義理の姉夫婦らしき人も離れた席に居た。
恩師との関係を尋ねただけなのに、以前に習っていた事から身の上話にまで聞かされて正直戸惑った。
 演奏は、“いつもの先生”らしく楽しいプログラムに落ち着いた歌と時間を忘れるくらい。
今回は、日本語オンリーでなく原語もありびっくり。
若い時に覚えていた曲で暗譜は無理なくと、あとで聞いて納得。
奥さまの伴奏では、夫婦ならではの息のあった掛け合いが演奏に表れていた。
我が子より若い教え子の伴奏では、歌に伴奏が寄り添う良き師弟関係が垣間見られた。
 帰りのタクシーに乗り込んだら、歌仲間が電車の時刻が迫っている県外の方を誘導していた。
日ごろ、自家用車なのでタクシー事情がわからないかもとよろしければとお誘いした。
駅までは、車で5分弱…歩いても10分(?)
年の頃は60歳半ばのその紳士は、高校時代に恩師に習い現在は歌いながら教えてもいると。
今日は、電車で二時間半の地から来て最終便で帰らなければいけないと言う。
さすが我が恩師、長年の功績が教え子の数に比例しているよう。
 しかしながら、楽屋裏は戦争だったみたい。
昨年の大病のOPから一年半、吸入(?)したり裾へ引く度水分補給しながらのステージだった…と。
 また一つ夢を叶えた恩師、ますます活力が増し研きがかかりそう。
負けてはいられないと、思わされる。