中学校
中学生になってからは、世間一般から見れば私は都合の良いように自我を矯正することに成功したと感じる。でも今の私からすれば、周囲に合わせず非行に走って少年院や警察のお世話になっていれば、態々、他人と比べたり、人並みの幸せを求めずに人と違う自分という人間を認めることができたはずだ。そして人と違うとわかっているのに、無理して人に合わせなければいけない現状を、合わせられない自分を認めることができずにいる。
中学生で自我の矯正の手助けになった1つに、他の小学校から来た人間の影響もある。私の小学校の人間は良く言えば真面目で、悪く言えば人形だった。だから他校の人間が不真面目というより、正直で伸び伸び生きている様子がとても新鮮で魅力的で、自分が喉から手が出るほど欲しいものを持っているように疎ましく思った。他人にも正直な態度で接する人間を自分も真似しようと思った。そして、他校の人間と仲良くなり話を聞くと、どうやら兄弟がいるとのことだった。自分と共感できると思い話をしたのだが、かなりショックを受けた。小学校の頃も、兄弟で仲が悪いと言う人間はいたが、人前で登下校中に弟を息が止まるくらい強く殴る兄ほどのエピソードは聞いたことがない。どれもこれも、水をかけられた程度の話にしか聞こえないし、諺でいう喧嘩するほど仲がいいという範疇に当てはまるモノはこのことを言うのかと理解できることができた。他校の人間が話したことは、まず兄弟仲は良いということ。そして私の兄のことを話したら、クソ野郎だなと言い切ったこと。兄弟仲が良いことは、意味がわからなかったが、私の兄を否定してくれたことで、自分の中で理解者的なモノが存在するという安心感を生むことができた。小学校までは誰一人俺の気持ちの外殻ですら触れることができなかったのに、他校の人間は1ヶ月でそれを成し遂げた。この経験や他校の人間達のおかけで、少しだけ前向きに自分に素直になれたのは事実である。
そして2つ目にゲームが私を変えてくれた。良い出来事と悪い出来事があるのだが、悪い出来事はゲームが原因で友達を虐めたこと。正直、自分では虐めたと思っていない。言い訳は、自分が自分がした以上に辛い経験を浴びるほど受けたから。先生に言われて、ようやくこれが世間様がいうイジメだと右から左へ聞き流した。どうも今でも理解できない、これがイジメなら俺が親や兄に受けてきたことは何なのか。家を追い出され、泣きながら家のドアを何時間も叩き入れて貰えず、隣の家の人はドア開け一声うるせぇなと言う。近くを散歩する人の足音や通り過ぎる車の音にビクビクして、偶々通りがかった同級生家族に外で星を見ていると咄嗟に嘘を付き、恥ずかしくて助けを求めることができない自分。こんな事にくらべれば、俺がしたことが虐め?まぁこれ以上言ったて、世間一般人には通用しないから、虐めた私が悪かったです。とわかったふりして謝るだけ。反省するフリして、俺の時は誰も助けてくれなかったと恨むだけ。もういいや。
良い出来事は、ゲームのオンラインで初めて他人と関わったこと。最初に関わったのは中1の時にfpsゲームでだ。この人のことはよくわからないけど、つまらない人間だったのは覚えている。そんなことより、3dsのゲームで他人と関わったのが凄く楽しかった。ゲームそのものが楽しかったのもあるが、関わった他人が本人曰く同年代であったこと。アニメや映画などの趣味が一緒だったので、よく12時回っても話したり、ゲーム中に定型文でセリフを打ちあったりした。ゲームでの生活は今日まで生きた中で最も充実していた。学校で先生に、家で親に何言われようがゲームという居場所があったので、そんなことどうでもよかった。俺の中でゲームの中が世界だった。ちょっと思い出したので補足すると、ゲームにハマる前は部活がゲームと同等くらい楽しかった。なのになんでゲームに逃げたのか?理由は2つ。1つは、他人を可哀想と思う気持ちが出てしまったこと。スポーツにはポジションがある。そのポジションについての話し合いで、俺は今のポジションが好きで楽しい、極めたいと思っていた。だが、他の人もやりたいらしく、我儘言えばいいのになぜか譲ってしまった。このようなことは、昔から何度経験している、自分の気持ちを押し殺してまで相手に何か与える。結果から言えば馬鹿だし、十中八九後悔する。これもまたは、人に嫌われたくない、良く思われたいがためなのかも。今更どうでもいいけど。
2つ目は外部顧問の影響だろう。正直、これに関しては外部顧問が悪いというより、望みのポジションを譲り、やりたくもないポジションを嫌々やっていた俺に非がある。やりたくないことを真剣に教えてくれるが、聞く耳なんて持てないし、やりたくないことのためにやる気が出る訳がない。自分で選んだことだけど、自分のためを思って選んだ訳じゃない。他人さえいなければ、こう考えるようにこの頃からなっていた。これらが相まって部活への興味関心意欲は0になった。顧問は心技体という言葉を使っていたが、俺は技体という言葉しか知らない。だから、度々顧問とは亀裂ができた。こんな感じで、部活からゲームに乗り換えたわけだけど、もうこの頃から他人と関わるのに難があり、そういう風になる性格も出来上がっていたとおもう。オンラインで他人と関わることができるのは、目に見えないから人と認識してなかったのかもしれない。今のネットは現実と距離が近すぎて、目に見える範囲まできている。だから、この当時の距離感が愛おしく思う。
中学校の思い出は、他校の人間、イジメ、部活、ゲームのことしか覚えてない。小学校6年間一緒にいた人たちは9年間共に過ごしたことになるが、ほとんど記憶にない。前にも言った通り、共感も理解もできない相手を態々覚える意味はないからね。