順番が前後してしまいますが、「無敵の人」とはなんたるか解説したいと思います。
無敵の人とは、
簡単に言ってしまえば、『失うものが何も無い人間』のこと。失うものが何もないので社会的な信用が失墜する事も恐れないし財産も職も失わない、犯罪を起こし一般人を巻き込むことに何の躊躇もしない人々を指します。
無敵の人たり得る可能性のある人は、おおむね非正規雇用であったり、派遣社員であったり不安定雇用の人や、正規社員であっても低収入だったり、独身であまり異性に相手にされない、また片親が離婚、死別等で片親に育てられた人だったり、また身近な人を自殺で亡くした等、不遇な環境に置かれた人でしょう。
話は逸れて私ごとですが、私もまた一歩間違えれば「無敵の人」たり得たと思います。
そこで私のこともざっと紹介させていただきます。
私は1973年2月25日に生を受けました。
そんなんですが、1981年に母親を病気で亡くし、その後父親が再婚しました。
再婚相手の母親には連れ子がいました。女の子です。
父親は再婚してから人が変わり私と私の弟を邪魔者扱いし一番年下の連れ子の子ばかり可愛がりました。
良く言われる「複雑な家庭」ってヤツです。
そんな家庭環境が嫌で1993年二十歳の時に最愛の弟を残し家を飛び出しました。
家を飛び出したはいいけど、当然まともな仕事にもありつけず生きて行く希望も持てず、1994年21歳の時にリスロンと言う睡眠薬を200錠飲み自殺未遂をしました。
気がついたら病院のベッドにいました。
運が良かったのか悪かったのか、一命は取り止めたものの相変わらずまともな仕事も見つからず不安定な生活を繰り返してました。
ある日、何がきっかけと言う訳じゃなかったのですが
「死ねないなら生きるしかない。生きていくためには何が必要なのか」
と自問自答し、一念発起し2003年国家資格である行政書士を取得しました。
合格後、少しは社会の中で生きてく自信がついた矢先2006年3つ下の弟が自殺しました。
今現在も行政書士で食っていけるまでには至らず、非正規雇用のまま日々を過ごしています。
そんな私ですので、再婚相手の母親を殺めて「無敵の人」になっていたかも知れなかったし、社会を恨んで「無敵の人」になっていたかも知れません。
一歩間違えたら「無敵の人」たり得た複雑な家庭環境でした。
ざっと私のことも書いていきましたが、「無敵の人」とはそんな人達のことです。
2008年の秋葉原通り魔事件の犯人や、京都アニメーション放火事件の犯人や、2016年の障害者施設の大量殺害事件の私は1973年2月25日に生を受けました。
そんなんですが、1981年に母親を病気で亡くし、その後父親が再婚しました。
再婚相手の母親には連れ子がいました。女の子です。
父親は再婚してから人が変わり私と私の弟を邪魔者扱いし一番年下の連れ子の子ばかり可愛がりました。
良く言われる「複雑な家庭」ってヤツです。
そんな家庭環境が嫌で1993年二十歳の時に最愛の弟を残し家を飛び出しました。
家を飛び出したはいいけど、当然まともな仕事にもありつけず生きて行く希望も持てず、1994年21歳の時にリスロンと言う睡眠薬を200錠飲み自殺未遂をしました。
気がついたら病院のベッドにいました。
運が良かったのか悪かったのか、一命は取り止めたものの相変わらずまともな仕事も見つからず不安定な生活を繰り返してました。
ある日、何がきっかけと言う訳じゃなかったのですが
「死ねないなら生きるしかない。生きていくためには何が必要なのか」
と自問自答し、一念発起し2003年国家資格である行政書士を取得しました。
合格後、少しは社会の中で生きてく自信がついた矢先2006年3つ歳下の弟が自殺しました。
今現在も行政書士で食っていけるまでには至らず、非正規雇用のまま日々を過ごしています。
そんな私ですので、再婚相手の母親を殺めて「無敵の人」になっていたかも知れなかったし、社会を恨んで「無敵の人」になっていたかも知れません。
一歩間違えたら「無敵の人」たり得た不遇な家庭環境でした。
ざっと私のことも書いていきましたが、「無敵の人」とはそんな人達のことです。
2008年の秋葉原通り魔事件の犯人や、2016年の障害者施設の大量殺害事件の犯人や、2019年の京都アニメーション放火事件の犯人等が「無敵の人」でしょう。
…そしてこの度の安倍晋三元総理殺害事件の犯人。
一歩間違えたら「無敵の人」たり得た私が、じゃぁどうしたら「無敵の人」を無くしていけるのか、減らしていけるのか書いていきたいと思いこのブログを立ち上げた次第です。
ざっと説明しましたが、こんな社会だけど、私は負けずに強く生きて行こうと思います。
引き続きよろしくお願いします🙇♂️