娘が体調不良で救急車で何度も運ばれた二年間、肝臓、すい臓、腎臓、胃腸などの教授陣が見てくれていたが、娘の体調不良の原因がわからず、娘が痺れをきらし、このままじゃ自分は死んでしまうとその大学病院をみがぎって次の大学病院へ駆け込んだ。

 

したら、あれよあれよと芋づる式に病気が発覚、甲状腺がん、甲状腺眼症、バセドウ病 子宮内膜症、子宮筋腫など発覚。これすべて2022年の事である。

加えてもともと喘息もちでもある。

 

大学病院だから、教授だからは安心は全くない。

やっと、娘は見立てがよく、患者に寄り添い、親身になってくれる腕のいい先生達に出会え、今、一つずつ治療を進めているところ。 

娘は大病抱えながらも日々前向きに充実した一日を送るべく前進している。

 

と、娘の病気を何一つ見つけられなかった大学病院教授陣だが、

勝手気ままな主人の命をこの大学病院の救急の先生方が救ったのだ。

 

私も娘も内心面白くない、好き勝手して成れの果てなった急性心筋梗塞。

これって、生活習慣病の慣れの果ての病気じゃん、夫の場合はそうなのだ。

恥ずかしくないのかと思う。因果なものだ。

今、夫は無事退院してリハビリに通院一か月過ぎた。

急性心筋梗塞で倒れてからも、食事など生活習慣を変更する気は全く気なく、

減塩はおろか、血圧降下剤飲んでいるのに柑橘類などやめることもない。

主治医の先生からのアドバイスもどこ吹く風。

薬の効能を効率よく吸収し、体内環境を改善するには最低限の努力はしてほしいが、

肝心の本人に、危機感がないので全く馬耳東風。

 

そのくせ長生きはしたいのだそうだが、どういう思考回路で まったく意に関せず

で、倒れる前と同じ生活をするのか理解不能。

 

面倒くさいので、好きにさせているが夫の為に私の時間と労力を提供するのがあほらしくなってきたので、放置することに。

 

 

一方、娘の甲状腺がんは思いあたる節があるにはある。

娘は2011年の東日本大震災の直後から仕事で福島原発近くに足を運んでいた。

もちろん、出張チームなので毎週平日は現地で寝泊まり、週末帰宅してはまた翌週同じ事の繰り返しを2年間、当時は仕事とは言えものすごく心配したのは言うまでもない。

 

あれから10年過ぎ、もうすぐ12年目を迎えます。

放射物質浴びて10目頃から、甲状腺がん発症すると読んだ。

高濃度の放射能だと、速攻 体に変調が現れるが、と言うより即死なんでしょうが、

そこまでの高濃度の放射物質でなければ10年経過頃から甲状腺の異常が出ると文献で読んだ。 

 

娘本人はそんなの関係ないというが、

現地の人さえ、私の住む近くに避難してきた人を何人も知っている。

 

ほんと、モヤモヤするでは済まないほど、当時、会社に対して怒り沸騰した私。

だが、夫は考えすぎと言う。心配どころか、毎日遠足か修学旅行気分でいいなぁと娘に、冗談にもならない嫌味の嵐。

 

被災者に寄り添う娘と、そのさまを見て我関せずの夫。

一人しかいない子供なのに、生まれた時から父親の愛を受けてこなかった。

明朗快活で人に優しく、瞬時に人の機微を読み取れ、対応できるように

成長した娘をみて親として灌漑深いものはないのかと聞きたい。バカ夫。

 

娘の甲状腺がんの原因が断定できないので余計に12年たった今でもモヤモヤする。

ちなみに、夫側にも私側にも4代前までの先祖をさかのぼって調べたけど

誰一人甲状腺がんにかかった人はいない。(その前にいたのかもしれないが)