Let's DRAGONS Road To Victory -138ページ目

2004年リーグ制覇

2004年のドラゴンズは
落合監督を招聘し、
守り勝つ野球を掲げ
ペナントレースに臨んだ
大きな補強は行わず、
現有戦力の10%底上げで戦うと公言していた。

4月は5割で終えた。
一度は最下位転落も味わったが
段々と戦力が整ってきた

5月を終えた時点では2位だったが、
6月の札幌ドームでの巨人3連戦で3タテし
首位に躍り出た。
先に結論を言うと、この先一度も首位の座を譲ることはなかった。

前半戦を首位でターンし
迎えた8月。
アテネ五輪でチームを離れる
岩瀬 福留の穴をどう埋めるかが課題だった
しかし心配ご無用。
4番にはアレックスが入り
右翼には急成長した英智が入って穴を埋めた。

福留 岩瀬が戻ってきた9月
ここで悲劇が起こる
福留が右手人差し指に
死球を受け骨折
再び戦線離脱となった

しかしここから
チーム一丸となった戦いが始まった
1ヶ月でアレックスが
22打点を挙げるなど、ピンチを救った。
代打の切り札 高橋光信も
大活躍した

そして10月1日
ドラゴンズは2004年シーズンの
歓喜のフィナーレを迎えた...


このシーズンには
今も鮮明に覚えている
名場面が数多くありました。
次回はそのお話


次回予告...
2004年中日ドラゴンズ
名場面と選手たち