JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。

今週は、俳優・片桐はいりのエッセイ『グアテマラの弟』を、一部編集してお送りしています。

今夜は、「飴と鞭」の第4夜。

グアテマラ第2の都市、ケツァルテナンゴの近くにある、温泉街道。

弟夫婦と共に、3つ目の秘湯を訪ねた片桐を、思わぬ体験が待ち受ける。

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その日はもう1軒、幹線を外れたさらに山深くにある湯治場に、足を延ばした。

シダのような植物が茂る、道なき道を車で進むと、行き止まりにアクアス・アマルガス。

その名も、「苦い水」と書かれた、古めかしい鉄のアーチが現れた。

正面には、『未知との遭遇』のデビルスタワーのような、奇岩がそびえている。

そして、その崖の下には、25メートルプールくらいの巨大な露天風呂が、湯煙を巻き上げていた。

［アクアス・アマルガス］

プールでは、パンツやシミーズを着た子供たちがお湯をかけ合い、お母さんたちが民族衣装のスカートをまくり上げて、足だけバチャバチャと遊ばせている。

霧が雨に変わるのもお構いなしに、私ははやる心で水着に着替え、脱衣所代わりの内風呂を飛び出した。

その途端、休憩所でたむろしていた、20人ほどの先住民の男女から、

「ぎゃー！」

と、悲鳴とも歓声ともつかぬ声が、上がった。

何か不始末でもしでかしたか。

我が水着姿を点検してみたが、特に仕舞い忘れているものも無い。

しかも、慌てる私のその様子を見て、彼らはまた大笑いしている。

そして、私が寒さにブルルと身震いすると、さらに大ウケ。

つま先で、濡れた石の上を飛び歩くと、手を叩いて大はしゃぎ。

準備運動をして、プールに飛び込むに至っては、やんやの大喝采になった。

普段、よほど見せ物に乏しいのか、相当の人気である。

そのくせ、先客の子供たちは、私がお湯に入るや、

「きゃー！」

と悲鳴を上げて、蜘蛛の子のように散る。

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その後の私の一挙手一投足は全て、彼らの笑い声とはやし声で、彩られる事になった。

もう仕方ないので、タオルを頭に乗せて、草津節まで歌ってやった。

この国の山奥の村には、まだテレビを見て、

「中に人が入ってるのか？」

と、尋ねる人もいるという。

だとすれば、外国人ですら珍しいのに、まるで未来のスーツのような水着を着て、お湯の中を泳ぐ大女は、宇宙人くらいに見えたのかもしれない。

拍手を受けながら露天風呂から出ると、遠巻きに囲まれて、質問タイムになった。

完全に近寄るのは、怖いようだ。

もちろん、何を聞かれているのかは、からきし分からない。

でも、彼らが甲高い声で捲し立てる言葉の中に、一言だけ、たった一言だけ、聞き取れる言葉があった。

「ハポネッサ」

アンティグアでも、周辺の村でも、中国人、中国人と呼ばれ続けた。

黄色い人間を見ると、彼らは地球上のどこにあるかも知らない国の名を、呼んだ。

だけど、この人たちは、なぜか私の生まれた国の名を知っている。

どうやら、お湯のありがたみを知る、この土地の人だけは、温泉を愛する仲間・日本人と、心得てくれているようだ。

降り始めた雨は、勢いを強めたけれど、私は最後にもう一度、名残を惜しんで露天風呂に飛び込んだ。

内風呂から出てきた弟たちも、彼らの輪に混じり、大粒の雨の中、悠々と温泉を楽しむ日本人を見て、笑っている。

いいお湯だ。

身も心もホコホコと温まって、これでしばらくは、湯冷めをしそうもない。

【画像出典】

Balneario Aguas Amargas Zunil en GuatemalaAguas Amargas Zunil es un espacio que ofrece pozas de agua natural con una privilegiada vista hacia la vista y la naturaleza de Quetzaltenango.

www.guatemala.com

2024/7/11 グアテマラの弟④