もし、
荒川静香さん、浅田真央さん、紀平梨花さん、坂本花織さん、
この全員が、同い年で、同じ時代にリンクへ立っていたら。
そんな少し無謀な想像を、私はときどきします。
同じ氷、同じ時間、同じルール。
けれど、滑りはまったく同じにはならない。
それどころか、
「何を大切にしているか」が、
くっきりと分かれる世界になるはずです。
荒川静香さんは、完成度の人です。
構成に無駄がなく、
全体がよく整っていて、
本番で大きく崩れない。
毎回、ほぼ同じ水準の演技を出せる。
だから安心できる。
だから結果がついてくる。
写真で言えば、
光も構図も破綻せず、
誰に見せても説明がいらない一枚。
見返すと、
「きれいだな」「うまいな」と
静かに納得できるタイプです。
坂本花織さんは、
今の時代を生き抜くための身体を持っています。
スピード。
氷を押す力。
着氷後も失われない流れ。
ジャンプの一つ一つが太く、
細かい演出をしなくても点が積み上がる。
今の採点基準が求めるものを、
身体そのもので体現している選手です。
仕事にたとえるなら、
外さない。
ブレない。
信頼される。
現場にいてくれるだけで、
空気が安定するタイプです。
そこから、
浅田真央さんと紀平梨花さんの話になります。
この二人は、
トリプルアクセルという選択肢を
自分の物語の中に組み込んだ人たちです。
トリプルアクセルがすごい理由は、
回転数の多さではありません。
一番の理由は、
成功しない可能性を抱えたまま、
本番で跳ぶという決断にあります。
跳ばなければ、
安全にまとめられる。
点も大きくは落ちない。
それでも跳ぶ。
それは、
安定よりも、
表現や挑戦を選ぶということです。
浅田真央さんは、
このジャンプを「武器」であると同時に、
「物語」にしました。
成功して、歓声を浴びる日もあれば、
失敗して、涙を流す日もある。
それでも、
やめなかった。
外さなかった。
自分のプログラムから消さなかった。
だから、
彼女の演技には、
必ず感情が残る。
技術だけでなく、
時間と感情が重なって、
あとから何度でも見返される。
あれは、
競技というより、
一本の映画です。
紀平梨花さんは、
トリプルアクセルが入ると、
一気に世界の中心に立てる才能でした。
けれど、
ケガは残酷です。
ジャンプは、
筋力よりも、
感覚と恐怖心に左右されます。
一度怖さを知ると、
踏み切りが一瞬遅れる。
その一瞬が、
すべてを変えてしまう。
3Aが入らないと、
点が伸びない。
それは、
彼女の才能が
そのジャンプを軸に設計されていたからです。
ここまで考えて、
私はいつも撮影のことを思います。
写真も、
予定通りにいくとは限りません。
晴れだと思って現場に行ったら、
急に雲がかかる。
光が消える。
影が崩れる。
その瞬間に、
何を選ぶか。
光が消えたからこそ生まれる表情。
予定が崩れたからこそ立ち上がる空気。
そこに、
ドラマが生まれます。
新人のうちは、
想定外が起きると、固まります。
予定が狂うと、写真も止まる。
でも、
経験を積むと違ってきます。
起きてしまったことを、
否定しない。
消そうとしない。
そのまま受け取る。
フィギュアで言えば、
ミスを含めて演技にしてしまう力。
撮影で言えば、
条件の悪さを含めて
一枚に語らせる力。
私は、
毎回きれいに整った写真だけを
撮りたいわけではありません。
その日、その人、その場にしか
存在しなかった感情を、
あとから見返して、
胸の奥で静かに動くような写真。
失敗も、迷いも、
一瞬の曇りも、
すべて含めて、
「この日だった」と語れる一枚。
それを残したいと思っています。
点数もありません。
順位もありません。
正解もありません。
だからこそ、
逃げられない。
ごまかせない。
そして、面白い。
ドラマがある現場を、
怖がらずに引き受ける。
それができるのは、
もう新人ではないから。
そう思いながら、
私は今日もシャッターを切っています。
撮影のご依頼は
森月勝大
