ある年の夏を過ぎるころ、沼津から中伊豆に転居した。
一家離散の壮絶な旅であった。
中伊豆には、大和の国を思わせる山河があった。
西に城山~葛城山系、そのふもとを天城山系に源を発する狩野川が蛇行して流れていた。
天城山系の南には、賀茂郡の町が広がっていた。
住まいの庭には、金木犀が植えられていてその芳香を漂わせていた。過去を振り返ることなく、未来を憂うことなく晩秋の伊豆を楽しんでいた。
古代、伊予から黒潮の流れにのって三宅島~伊豆白浜に上陸した氏族がいたという。
途中天城松ケ瀬に寄り、ここ中伊豆に都を置き「田京」と名付けた。
廣瀬神社
鎮座:静岡県伊豆の国市田京1
御祭神は三嶋溝杙姫命。
三島溝橛耳の娘と『古事記』にもある。初代神武天皇の皇后イスケヨリの母に当たる。ここでは三嶋大社の后神と考えられている。
歴史は、三宅島富賀神社→白浜海岸白浜神社→松瀬軽野神社→
田京広瀬神社→三島市三島大社と遷したという。
中伊豆に住んでいたのは、その年の暮れまでで翌年に追われるように静岡県東部を彷徨うことになるとは夢にも思わなかった。三島~裾野にも住み、箱根を超えて神奈川県湯河原町にも住んだ。しかし、己が人生の中で中伊豆の四か月は忘れることが出来ない。そこでの不思議な体験は前述した。(城山と狩野川)
