私は車と旅行が趣味で、運転が好きなので

現地に駐車場があるなら、多少遠くても車で出かけます。

 

これからも、車で行きたい場所や、次はあの車乗りたいなー。

なんて思いが沢山ありました。

 

でも思い返すと、そうやって未来の楽しみを思い浮かべた時

必ず隣には、妻が居る事が前提だったんですよね。

 

何を考えるにも、そうです。

「妻に」とか「妻と」が大前提でした。

 

会社での面白い会話や出来事、覚えておいて妻によく話していました。

「あ、これ帰ったら妻に話そう。大笑いするだろうなー。」

とか考える事がよく有ったんですが

妻が居なくなって、半年以上経った今でも時折考えてしまいます。

頭では理解しているのに、「フッ」とした瞬間に頭に浮かんでしまう。

 

結局最終的には、何を考えていても

「あ、でも妻おらへんやん、誰と行くん?誰と乗るん?誰に言うん?」

に、行きつくんですよね。

 

支えてくれている家族は居ます。趣味に誘ってくれる友達も。

でも他の人には埋められない、妻の場所が有った事を痛感します。

 

運転中は、妻の好きだった曲を聴いて。

帰ってきたら妻の写真に今日の出来事を話して。

 

でも埋まりません。

 

毎日の生活の中でも、料理やお菓子作りが得意だった妻は

自分で考えた料理を、レパートリーとして持っていて

その中に私の好物の料理がありました。

 

料理の名前はありません。

 

誰もレシピを知りません。

 

妻しか作れない料理。

 

もう、この先二度と食べる事が出来ない。

もう一度でいいから食べたかったな。

 

私はこの先、何が有っても埋まらないであろう、この場所と

どうやって付き合っていくのかな。