妻と出会い、共に歩んで来た日々を思い返すと

楽しい思い出がたくさん浮かぶ。
しかし、その楽しい日々の合間に有るのは
辛い闘病生活でもありました。
 
仕事が終わり、家に帰ると
妻は愛犬と一緒に玄関まで迎えに来てくれた。
でもそれは、妻の体調が良い日。
 
逆に調子の悪い日は
家の電気が消えたまま、妻はリビングのソファで横になっている事が多かったのです。
 
妻の調子が悪い日は、私も引きづられて落ち込んだりして
家に帰っても疲れが取れない日があったのは確か。
 
そして、そんな日が来ると、それは暫く続く。
 
でも私なんかより、闘病中の妻は何倍も辛い。
 
心の病気というのは他人には伝わりにくくて
その為、当人の辛さは倍増するのだと思う。
 
他人からすると「心の持ちよう」だと思ってしまう
でも、実際は医学的に証明される病気なのです。
 
妻と共に病気と戦っていたつもりの私でさえ
時々「気持ちを切り替えよう。もっと楽に考えて。」
なんて妻に言ったりしていた。
 
実際、それを自分でコントロールする事ができない。
そういう病気だと分かってるはずなのにね。
妻にとって辛い言葉だったかも知れない。
どんな思いで聞いていたのだろう。
 
こんな事を考え始めると、やはり辛い方向へと
気持ちが落ちてしまう。
それでも時々、考えてしまう。
 
以前どこかで見かけた言葉が浮かぶ
「自死遺族が抱える自責の念は焼印」なのだと。
なんだか、その「焼印」という言葉は
私にとって、とてもシックリ来た。
 
そう、「焼印」なのです。
 
居なくなってしまった妻と共に歩んだ日々は
次第に、少しづつ美化され記憶として残る。
しかし心には、この先決して消えることの無い
その「焼印」も残り続ける。