毎年、秋に栗の木が実るたびに思い出す、悲しく切ない…そして少しだけ不思議なお話しです。
私は、母方のじいちゃん、ばあちゃんにとても可愛いがられて育てられました。
母方の実家には大きな栗の木があり、秋になると孫の私が栗の実を収穫に行くのが、毎年の恒例になっていましたが、そんな私も結婚し、実家を離れてしまいました。
いつの頃からか、じいちゃん、ばあちゃんと会う機会も減り、栗の実の収穫の時だけが一年で唯一、私が決まって二人に会える時間になっていました。
毎年、バケツに5杯の栗の実を収穫するのが恒例で、刺々を両足で上手に剥く方法は、じいちゃんから教わりました。
いつからか、栗の実を収穫する私の傍らには、妻が加わり夫婦で行くようになっていました。
そんなある日の事…。
実家の母から連絡が入り、「ばあちゃんの家の栗の木を伐採する事になったから、収穫出来るのは今年が最後になるよ。」と、知らされました。木が大きくなりすぎて、隣家に迷惑になるから伐採することにしたそうです。
そして、最後の収穫。
帰り際、一人ぽつんと大きな栗の木の下で、私達に手を降るじいちゃんが、心なしか寂しそうに見えました。
今思えば、じいちゃんの元気な姿を見たのは、それが最後でした。
数日後、栗の木が伐採された直後、母の電話でじいちゃんが倒れたと連絡が来ました。
私達はその日のうちに病院に急行しましたが、じいちゃんは意識不明の重体。医者からは、2、3日が峠ですと聞かされ、予断の許さない状況でした。
一方ばあちゃんは、普段あんなにじいちゃんに厳しく当たっていたのに、じいちゃんが倒れてから元気をなくし、「一人でいかないでおくれ。私も死んで後を追うから。」と言い、周囲を心配させていました。
じいちゃんが倒れてから3日後には峠を越え、以前意識不明だったものの、希望が少し見えてきました。
ずっと付き添っていたばあちゃんと家に戻り、話しました。
「やっぱり、あの栗の木を切ったのが良くなかったのかねぇ。あの木は、ばあちゃん達がここに住み始めた頃からある木で、みんなと一緒に育ってきたようなものだから、切ったら縁起がよろしくないと、じいちゃんと話したんだょう。あぁ…、背中が痛い。」
看病疲れからか、背中の痛みを訴えて、ばあちゃんは早々に床に就いていきました。
私達夫婦も一安心し、自宅に帰りました。
そして、次の日の夕方。
ばあちゃんが、死んでしまったことを母からの電話で知らされました。脳溢血でした。
とてつもなく悲しい出来事でしたが、一方で夫婦の絆を実感させれました。
意識が回復したばかりのじいちゃんには、ショックが大き過ぎるだろうと、ばあちゃんの出棺当日まで一切知らせませんでした。
しかし、夫婦だから知らせてやらないと可哀想だろうという事になり、告知。
じいちゃんは、マヒした身体で車椅子に乗り、出棺する棺の上に手をかざし、静かに涙を流していました…。
それから二年後、やっと老人ホームの不便な生活から解放されたじいちゃんは、ばあちゃんの待つ場所に旅立って行きました。
若い頃のじいちゃん、ばあちゃんの色々な思い出が詰まった栗の木。
私の母をはじめ、二人が子供達と過ごした栗の木。
二人が、たまにしか顔をみせなくなった大好きな孫と、一緒に実をとった大きな栗の木は、いまはもうありません。
二人の思い出とともに、私の心の中に残っているだけです。
私の心の中の栗の木は、一年中、実がたわわに実っています。
「♪大きな栗の木の下で、あなたと私、仲良く遊びましょう。♪大きな栗の木の下で…♪」
悲しい、切ない、大きな栗の木の下で起こった、ある夫婦の不思議な物語です。
私は、母方のじいちゃん、ばあちゃんにとても可愛いがられて育てられました。
母方の実家には大きな栗の木があり、秋になると孫の私が栗の実を収穫に行くのが、毎年の恒例になっていましたが、そんな私も結婚し、実家を離れてしまいました。
いつの頃からか、じいちゃん、ばあちゃんと会う機会も減り、栗の実の収穫の時だけが一年で唯一、私が決まって二人に会える時間になっていました。
毎年、バケツに5杯の栗の実を収穫するのが恒例で、刺々を両足で上手に剥く方法は、じいちゃんから教わりました。
いつからか、栗の実を収穫する私の傍らには、妻が加わり夫婦で行くようになっていました。
そんなある日の事…。
実家の母から連絡が入り、「ばあちゃんの家の栗の木を伐採する事になったから、収穫出来るのは今年が最後になるよ。」と、知らされました。木が大きくなりすぎて、隣家に迷惑になるから伐採することにしたそうです。
そして、最後の収穫。
帰り際、一人ぽつんと大きな栗の木の下で、私達に手を降るじいちゃんが、心なしか寂しそうに見えました。
今思えば、じいちゃんの元気な姿を見たのは、それが最後でした。
数日後、栗の木が伐採された直後、母の電話でじいちゃんが倒れたと連絡が来ました。
私達はその日のうちに病院に急行しましたが、じいちゃんは意識不明の重体。医者からは、2、3日が峠ですと聞かされ、予断の許さない状況でした。
一方ばあちゃんは、普段あんなにじいちゃんに厳しく当たっていたのに、じいちゃんが倒れてから元気をなくし、「一人でいかないでおくれ。私も死んで後を追うから。」と言い、周囲を心配させていました。
じいちゃんが倒れてから3日後には峠を越え、以前意識不明だったものの、希望が少し見えてきました。
ずっと付き添っていたばあちゃんと家に戻り、話しました。
「やっぱり、あの栗の木を切ったのが良くなかったのかねぇ。あの木は、ばあちゃん達がここに住み始めた頃からある木で、みんなと一緒に育ってきたようなものだから、切ったら縁起がよろしくないと、じいちゃんと話したんだょう。あぁ…、背中が痛い。」
看病疲れからか、背中の痛みを訴えて、ばあちゃんは早々に床に就いていきました。
私達夫婦も一安心し、自宅に帰りました。
そして、次の日の夕方。
ばあちゃんが、死んでしまったことを母からの電話で知らされました。脳溢血でした。
とてつもなく悲しい出来事でしたが、一方で夫婦の絆を実感させれました。
意識が回復したばかりのじいちゃんには、ショックが大き過ぎるだろうと、ばあちゃんの出棺当日まで一切知らせませんでした。
しかし、夫婦だから知らせてやらないと可哀想だろうという事になり、告知。
じいちゃんは、マヒした身体で車椅子に乗り、出棺する棺の上に手をかざし、静かに涙を流していました…。
それから二年後、やっと老人ホームの不便な生活から解放されたじいちゃんは、ばあちゃんの待つ場所に旅立って行きました。
若い頃のじいちゃん、ばあちゃんの色々な思い出が詰まった栗の木。
私の母をはじめ、二人が子供達と過ごした栗の木。
二人が、たまにしか顔をみせなくなった大好きな孫と、一緒に実をとった大きな栗の木は、いまはもうありません。
二人の思い出とともに、私の心の中に残っているだけです。
私の心の中の栗の木は、一年中、実がたわわに実っています。
「♪大きな栗の木の下で、あなたと私、仲良く遊びましょう。♪大きな栗の木の下で…♪」
悲しい、切ない、大きな栗の木の下で起こった、ある夫婦の不思議な物語です。

