14日に東京へ行ったのですが、あまりにも耐えられず、15日には母と仙台に帰りました。知人も何人か失って、地獄のような被災地に大切な家族だけがいるっていうのと、自分だけが不自由ない場所にいるってのが本当に嫌だったので。。夜だけはおばあちゃんの家にいますが、電気は戻りました。おばあちゃんの家は壁とかは崩れていて危険ですが、屋根があるだけ全然いいほうです。それまでは生きるか死ぬかの瀬戸際でしたが、電気がついてケータイも充分出来るし少し心に安心が出てくると、被災地以外の人々の焦りに腹立ちが生まれて来て、mixiにも八つ当たりをして、このままじゃ友達がいなくなってしまうと思って、mixiを昨日辞めることも考えました。でものえちゃんが学校に安否を報告してくれたのもmixiがあったからだし、いろいろ助かっていて、だから辞めないことにしました。本当に皆さんにはご迷惑おかけします。でもわたしの家は土地が残っているから全然善くて、津波で流された人々は土地も仕事も家族も失って、、、本当にこの震災の苦しみを理解出来るのは、亡くなられた方たちだと思う。東北地方でこんなにも死者が出て大変でも、世界は待ってはくれない。今日は雪が20センチ積もって崩れてる家でも、足の折れたピアノで練習は出来ます。入試は待ってくれない。計画停電出来るくらい電気のある人たちが弱気になってどうする。東京ではトイレットペーパーとか買いだめしてるらしいけど、いざ震災に巻き込まれたらトイレも出来ませんよ。トイレに行きたいと思うくらいの栄養が身体にあればの話ですけれど。親は職業上、毎日死人の身元確認をしています。でもいろいろ考え込むと、不整脈の薬もないから心臓にもよくない。でもちゃんとお風呂にも入れて、本数は少ないけど電車だって動いてて、泣けるほど元気のある被災地以外の人々が、どうしようなんて言える立場じゃない。学校だって閉鎖してるけど、先生はちゃんと学校にいます。学校に立ち入るのが怖いとか、放射線とか、そんなこと考える以前に、被災者は生きるかいつ死んでしまうかを考えるので精一杯です。この日記のせいで、友達を無くすのは覚悟しています。