まったくクソ寒い。

クソとか言葉遣い悪くても許されんじゃないかとか誤解を招くくらい寒い。

バイトも休みだし、よし、今日は一日家から出ないでコタツでぬくぬく小説読みながら過ごしてやると思ってたら、なんでかベットサイドからツタヤの貸出袋が出てきて、ヤベー覚えないぞいつのだ期限ヤバいだろ絶対って中見てみたらQ.E.D出てきてマジかなんでこれなんだっていうかマジでいつ借りたんだよ延長料いくらとられるんだよとか思ってたんだけど返却期限みたら昨日で、はっ一週間ぐらい前に借りたの記憶にないなんてジーザスクライとりあえず返しに行かなきゃああああツタヤまでバス代かかんじゃんあ歩いていけばいいやと思ってダラダラ準備して軽く化粧していってきまーすした瞬間土砂降りなことに気付いてセカンドジーザスクライぎゃーんバスの時間調べたら45分後のしかなくてサードジーザスクライまぁなんとかその後ツタヤに辿り着いて返せたんだけど、帰りに折角だしミスドでも買ってかえろう確か今100円セールだったよねんと思ってぼこぼこドーナツ注文したらセール少し前に終わっててフォースジーザスクライ

ってな日だったんだ今日は。


ほんとは、寒かったから耳あてつけたらピアスに引っ掛かってプラスワンジーザスクライ。


まぁこんなのもたまにはいっか。

あたし生きてます。


女の子はピアスを奇数あけると幸せになるっていう話を、ピアスを始めてあけた時から四年経った今初めて聞いた。

右に一つ、左に三つの計四つあいているのだけれど、今日新しく右に一つあけて、計五つにした。キスウきすう奇数だぜ。

別に今までの自分が不幸だと思ったことはないし(かといって幸かと聞かれると困るけど)、そんな中学生的発想のジンクスなんて信じ込むのもどうかと思うけど、どうやら変化を求めているらしい。

新しいこと、新しい人、今までとは違うこと、経験したことのないこと、感じたことのないこと、なんだか、好奇心がお盛んに、それらの形も質量もない果てしなく不安定なモノを欲している感じがして、恥ずかしいのである。

そう、うん、恥ずかしいっていうのが一番合ってるかな。
むず痒くて、掴めないところに手を伸ばしてるみたいな。

自分がどうにかしなきゃいけないことは解ってるんだけどね。保守に走る精神にビンタして、挑む方向に、少しずつ、ね。


ああー右耳いてぇ。
ぎゅんぎゅんする。

しっかしさ、毎回思うけどファーストピアスってダサいよね。
けど心臓のちっさいあたしには、外して他のピアスを入れることは出来ないっす。

あけた時に少ない勇気も使い果たしちゃったし。

使い方間違ってるよおねーさーん


髪を暗く染め、顔周りの毛をカットしてもらったら、化粧をするのが楽しくなった。小さかろうが大きかろうが、変化に高揚が伴うとは、少し驚いた。

姉に紹介してもらった美容院に行ったのだけれど、ちゃんとした美容院(変な言い方だ)に行くのは一年半振りで、緊張したのだけど、担当さんのシャンプーがすごく気持ちよくて、美容院ていいなと思った。

行く途中の電車も、久しぶりに乗ったらなんだか楽しくて、お洒落して外に出る重要性とか、人の生活とか、日常とか、当たり前とか、前に座ってるおばあちゃんは何処に行くんだろうとか、外出してよかったと思った。

自分を軸に、ものすごく狭い世界というには大層な空間で生活してると、感じなくなってしまうこととか、鈍る部分が発生することを思い知らされた気分だった。

テレビやネットや映画や小説はたくさんのことを教えてくれるけど、外に出て色々見たり触ったり嗅いだり想ったり、何かじゃなくて全部でいいんじゃないか。

白い腕と黒い髪で、眼光鋭く睨みつける綺麗な人を見かけて、表現出来ない思いを抱えたり、川を眺めながら音楽を聴いてると黄色い気分になったり、アクセサリーショップでピアスを見てると友達に逢いたくなったりした。

こんな特別な日になるなんて、ほんと何がなんだか分からない。
いい傾向なのかも。
信じるとか信じないとかそういうの嫌いなんだけど、それも悪くないなと思ったり。

いいなー なんか。
なにがいいんだかわかんないけど。

生物学的雌の発想は転換期か。

今日、今まであたしのセックスシンボルって板尾創路だったんだけど(マジ)、37歳の化粧で顔を彩ったお兄さんに変わった。
これも、変化のひとつか。
とにかく、その人を見てると中学生の男子みたいになる。


悪くないな。
自分が何言ってんのか全然わっかんねーけどっ