ピンクに紫、時々ヒョウ柄 -22ページ目

今日は今日、明日は明日

相も変わらない毎日。日々、撃沈。沈まなくて済む日すらなくなった。

ないならないなりに慣れて生きるしかないか。簡単には死ねないし。死なないし。

ほそみんの歌詞すら浮かばない日も今日は今日。明日になればきっと大丈夫。

内容がないな。


内容がない事、内容すらない日もあることをかきとめたかっただけ。

2008年と2010年の私と何が変わったよ。どっちかっていうと成長なくなった方面に進んでないか。ま、歳とともに可能性はなくなってくんだから仕方ないか。

仕方ないのせいにしちゃいけないけど、寝るか。

人が怖い。



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It's just rain

もう誰も好きにならないと30歳で決めた。私が生きるには、地道に、自分の事だけ、ただ周りに迷惑をかけなければいいと思ってた。それが唯一私が生きる道なのだと。

なんでだろう?うまくいくはずのない道に全身で突っ込んで痛い目みるの分かってるのに。今までの経験値はなんだったんだろ。充分分かってるのに。

芽生える感情をどう処理すればいい?

神に問う。なぜ、こんな出逢いをお与えになって、どうしたいのか。私を楽にしてくれないのか。無垢なる信頼は罪の源泉なりや。



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dou't let other people force you to be good

人間、人生には何が起こるかわからないねえ。中1からジョニーデップ好きだったけどさ、まさか私のジョニーがチャリチョコにでるとは思わなかったみたいに、「人生は開けてみないと分からない」って展開。もう、そういうのたかだか私の一生涯なくって、地味に生きていこうと、いや、そういう人生なんだと思い込んでた。なにも起こらない人生が一番私には似合ってるって思ってた。

もう闘うのは嫌だって思ってたし、自分一人の身を守るだけで精一杯だった。やっぱ、神様は怠惰を許さないのかね!?

人を本当の意味で愛するのは難しいと思いしらされました。その人がその人らしく生きれるように、私の我とか棄てて、彼が幸せであるために、私の我は棄てなくてはと。彼の空虚さを埋めるのは私でないかも知れない。いや、私なんかでは力不足と思ったり、でも、彼が今までの感情をうめれるのは私でありたいと願ったり、それは私の自己満足かと思ったり、初めて本当の意味で自己以外の幸せを考える毎日です。ま、私はいつ死んでもいいような生き方にしてますけど。彼への心も私の自己満足かも知れなくて、今更ながら、自己と他人の分別に悩みます。その人の感性でその人の幸せがあればいいんだけど、なんでだろう!?そこに私がいたいという私の自我の希望がある。

正直、加藤ミリヤ聞いてると「たとえ二番目でも自己満足だろ、愛じゃねえよ。誰かを好きな自分の可哀想さにひたるな」って思ってる。今もそう。

愛をいっぱい、幅広く与えれる人間ってのも、結局、自己満足か。

人を愛するのは結局、自己満足かも知れない。



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