実家は売却を依頼した不動産屋がコロナの影響のせいでなかなか購入者が現れないと言ってきたが

安く売るのは嫌だったし急いでいる訳でもないので このまま待っていようときょうだいの三人で話し合っていた。

 

それでも不動産屋が必死になってくれたようで2020年3月に売却を決めて6月には何とか買主が決まった。(29日)

 

売却を依頼してからは、まず、正しく土地の測量をしてもらったり、家の中の荷物の廃棄等を行った。

 

親が大切にしまっておいた物もあったが (兄がほったらかしにしていたせいで、)

とにかく家の中はカビ臭くて押し入れにあった衣類や写真等の紙類、空き箱段ボール 食器 など、後始末が大変だった。

つい先日まで住人が居たにも拘わらず 家の中はネズミが何かを食い散らかした跡やヤモリの卵、イエグモが見つかったりした。

片付けの途中で押し入れから何か飛び出してや来やしないかと・・・

ヒヤヒヤしながら手を休めることなく次から次へと袋に分別し町のゴミ収集日に合わせて出して捨てる事にした。

 

 

それぞれのゴミを出す日には早朝の陽が昇る前に実家に向かった。

出す物によって指定日があり、それに合わせて実家に行かなければならないので物を捨てるのも結構大きな負担だった。

そして町指定の回収ゴミ袋に入れないと持って行ってくれないというルールのある町なので、まず現地のコンビニで有料指定ゴミ袋を購入した。

 

指定袋は、可燃物用とプラごみ用とがそれぞれあって売っていたのだがそれを知らなかった私は中身を間違えて入れてしまいゴミを出し、

近隣の方に指摘されて総入れ直しをしたこともあった。

(私の住んでいる所はゴミ袋は指定がなく透明な袋に入れればすべて大丈夫なのでこの細かさには参った。指定のゴミ袋に入れるのはとても負担が大きく大変さを実感した)

 

昭和一桁の生まれの母はとにかく物をいっぱいため込んでいた。

8人兄弟の長女で、戦争の経験者だ。

物が無い時代を経験し、もったいないといっては捨てられない性分であったから、衣類だけで捨てたビニール袋が40数個にも及んだ。

 

衣類はカビ臭くなっていてとても資源ごみ扱いは無理と思ったので燃えるゴミの日に収集所に出したのだが、これまた 近隣の方から出す日が違うと注意されてしまう事となり、事情を説明し納得してもらい、夕方に残っていなければ良しとして判断してもらった。

 

 

押し入れの中にあった布団、座布団も凄い枚数だったし、家の中の細々した物、食器やお仏壇、神棚もあった。先に亡くなった父の遺品(背広、仕事で使った紙の資料の束など)も整理しておらず・・・そんな物で溢れた状態の一間の押し入れ、タンスが各部屋にあった。ゴミの処理は本当に気が遠くなった。

 

とにかく、一階部分の5部屋をスッキリさせるため 私は死に物狂いで片付けた。

(2階は兄の生活スペースだったので後々本人にやってもらうつもりだったのだ)