昨日の白龍使いさんの
本質リーディング
幻想的でただただ美しく
ぼおっとなった。
彼女は出来る女。
聡明な女性だ。
その彼女の魂が望む世界は
ご自分の大きな大きな器の中に
無数の砂つぶほどのダイヤたちが
きらめき謳う幸せを
一粒一粒自分の手にとって味わうことだった。
日常の一コマに通う
愛の豊かさ、歓びを 共に味わうこと。
例えば。
コーヒーを飲むマグカップ。
どんなマグカップでコーヒーを味わったら
最高に幸せを感じるか?を想像したら
可愛らしいものが好き!とのこと。
可愛らしいお気に入りのカップを
大好きなパートナーと探しに出かけて
ぴったりのものを見つけた時に
感じる幸せ。
二人のおうちに戻ってから
ゆっくりコーヒーを味わう
永遠のくつろぎに浸る時間。
小さいけれど毎日の大切な瞬間を
大切に味わえる自分と
カラダの中にあふれる気持ちが
彼女の求める「幸せ」でした。
セッションは
その場に居た3人へのギフトを運ぶ。
「幸せ」を感じた翌日。
ずっと行きたかった思い出の絵本
「わにわにのお風呂」の作者展で
懐かしい絵と世界観にずっぽりハマり込み
味わった感覚は
絵本には
永遠の 今この瞬間が刻まれてる。
生活のきらめきがページごとに溢れてる。
ということ。
版画という手法を取っているから
というのもあるのだろう。
感覚、思いが重なって重なって
絶妙なシンプルな線が、わにわにの世界を
立体的にする。
誰の中にも、わにわにが居る。
大きくて、圧倒的な迫力で、
ずろろろ〜んと、横たわり
世界を達観して
美味しいものと、遊びを求めてる。
私の中の
子供のままの感覚と母親のままの感覚を
同時に味わった後
とても大きな疲労感に見舞われた。
立っているのが辛くなった。
座るところを探したが無かったので
気分を変えるために、隣の展示室を眺めていたら
50年前の駅前の風景と
生活感ある住まいに遭遇した。
本当にタイムスリップしそうになる。
家庭用品の1つ1つ、どれも見覚えがあった。
公園で一息入れたが
疲れがピークで眠気が来ていた。
ゆっくり横になりたい。
神社にお参りして帰宅。
コーヒーを入れて
小腹を満たして
閃いたYouTubeを開く。
・・・・・
わかった。
私がオーダーしたことが
具現化していた。
今朝私は。どこから世界を観たいのか?
と自分に訊いた。
雲の上から。
地上に暮らしながら、視点は雲の上。
そして主に宇宙から世界を愛でる感覚で
いながら
このカラダで幸せの具現化をするのだと。
ソラの感覚で俯瞰していると
カラダが本当に重苦しく感じる。
感じることを 意識化するのに
過集中が起きて、そのスピード差に
いやだ。遅い。面倒。抵抗。を
感じる。感情デトックスも同時に起きる。
本当に久しぶりに大好きなものと
対峙する時間を取って
感度が極限まで上がっていることに
気づかいないままだったので
新しい自分の使い方の洗礼にあったのだ。
過去生でなんどもなんども
私は祈りの世界にいた。
正しくはそういう記憶を搭載して今回生まれた。
祈りは い=意 つまり思いに乗って
感謝を運ぶことだ。
誰に?
私を私足らしめるこの世界の
根源的エネルギーに対して
畏敬の念と純粋な親愛 リスペクトを
毎瞬間伝えることが祈りだ。
祈りがパラレルワールドジャンプさせる
ツールであることを
宗教家、科学者は知っていて
その力を使っていたのだ。
私は今から。その力を使って
大きな現実創造をするのだ。
あと55年。私は私を遊び尽くすのだ。
あくまでも。軽やかに。明るく。シンプルに。面白く。わにわにのように。