「阪急電車」って映画をやってるみたいだけど、もちろん今まで41年間の人生で見た映画が1ケタのワタクシは当然見てないが(しかも半分くらいは子供と行ったアニメ)、映画には興味ないけど阪急電車は中学高校と6年間お世話になったので親しみがある。
私の通ってた中学高校は高槻市にあったので、阪急京都線で通っていたのだ。
始めの頃は堺筋線から淡路で乗り換えて。
しばらくすると、難波から御堂筋線で梅田に出て、梅田から通勤特急に乗った方が早いということに気がついて(といっても3分くらいだが、その3分が貴重だ!)梅田回りにしていた。
いつもギリギリに行くので、御堂筋線梅田駅から阪急梅田駅までは猛ダッシュ!一瞬でも躊躇すると乗り遅れる。もうちょっと早よ出ろよ?ごもっともだができねぇ相談だ。同好の士が数名いつも一緒だ。
当然、高槻市駅に着いてからも学校までフルスロットルで走りきらねばならない。それでも教室に着くのはキンコンカンコン鐘が鳴り終わると同時だ。ぎりぎりセーフと言い放つ。言い切るのが肝心だ。
毎日毎日、懲りずにこれをやっていたのだが、失敗もある。
中間試験とか期末試験の時は通常より1時間遅れて始まるのだが、その日も1時間遅れているにも拘らず猛ダッシュしなくてはならなくなり、御堂筋線梅田駅をスタートし阪急梅田駅に飛び込み、特急に飛び乗って「ふぅ、間に合ったぜ。後は高槻市駅からのダッシュだけか…。」と教科書を開け勉強しだした。
そう、特急に乗って。
・・・。特急?
おぅのうぅ・・・・。通勤特急とちゃうやん!?高槻市止まれへんやん!
(今は変わったみたいですが、当時の特急は十三を出ると七条だったかくらいまで止まらなかった。通勤特急は高槻市にも止まったんですな)
十三で気付けばよかったが、時既に遅し。
悲しく高槻市駅通過。
よりによって嫌味連発で恐れられてた数学のT島先生のテストだ。
テスト返却の時、80点以上は名前を呼んで1枚1枚返すが、それ以下は『その他大勢!』とのたまって窓から答案用紙を投げ捨てる人だ。なんてこった。
無理からの言い訳のためでなく、真剣に胃が痛くなった。
悲しく七条から折り返し、2講目からテストを受けた。
言い訳は、胃が痛くて・・・。(真剣)
実際、保健室まで行ったので、なんとか通じたようだ。
それからは、少し早めに出るようにした。試験の時だけ。
阪急電車の悲しい思い出。